PF-JPA

誰にでもできる?
特許審査−規制改革中間報告への一疑問




日本弁理士政治連盟
国政選挙対策本部長
副 会 長    増 井 忠 弐


 十数年前につとめ、このたび国政選挙対策本部長兼務の副会長となって数ヶ月、ごく最近感じた一事について述べさせて頂きたい。

1.このところ、発明の経済的評価の難しさがよく指摘される。しかし、それを左右する発明の質的評価、審査業務の水準維持に関しては、既製のプロセスとして余り触れられないか無視されている。
 これを代表するのではないかとさえ思われることが、最近8月3日付規制改革・民間開放推進会議の発表した中間とりまとめ−官製市場の民間開放による「民主導の経済社会の実現」−に垣間見える。
 すなわち、登録等の業務の民間開放の検討事例に「工業所有権の登録」を挙げ、「審査等・・・については、基本的にその事務・事業の中に政策判断が入り込む余地はないことから民間開放は可能」とするが、その根拠が本当に民間開放で審査の実態・質的要求をも満たし得るとしているのか、また特許行政の中核をなす審査を政策判断から外れたものとする見方も性急果断に過ぎるのではなかろうか。
 要するに、「審査官の増員といった従来型システム内部での対応では到底処理できない」、「求められるのは公務員であることではなく、豊富な経験であることから、相応の経験を積んだ民間事業者に対応し開放することは可能」とする。
 確かに特許審査の補完業務として調査を民間と特許庁と協働で行ってきた。
 しかし、百有余年特許庁が一貫して総合的に取り組んできた、それだけでなく審査が主要国では共通して強化拡充されている今、これを民間に開放するというのは、無謀に近く、直ちに一国の失政を招くことになろう。

2.規制改革の好影響と思われる政策効果も多数見られる一方、特許審査をトータルに見ることなく、政策判断の対象外の業務とするのは誤解か理解不足のなせるワザではなかろうか。
 知的財産政策は、近時我が国経済建て直しの主柱として、科学技術基本法、知的財産基本法、知的財産戦略推進本部の後押しを受け、21世紀を通じて持続的に強化されていくべきことは多言するまでもない。経済産業政策と絡めて、特許制度はその中心に絶えずあって然るべきもの、すなわちある技術産業分野の出願案件を右するか左するか、或いは制度的に新たな分野を権利化することにしたり、保護しないことにする、他の法制に移すことなど、いずれも一国の産業、出願企業の命運に直結するのみならず、対外的なバーゲニングパワーをも左右することになるのである。

3.次の問題は、特許庁が出願人の満足を得続けるという条件を付けるならば、審査官の増員が真に実現を要しない政策選択なのであろうか、という点である。換言すれば、審査経験の総量で民間移管になじむだけの人材インフラを我国は擁しているのであろうか。
 日、米、EUは審査官の概数が1,000人、3,000人、3,000人で、最終処分件数は20万件、24万件、6万件、従って審査官1人の年間業務は、200件、80件、20件となる。
 国際的な知財戦争を背景に特許出願の量的、質的拡大は留まる気配がなく、特許審査は累積した技術・科学情報の経年的掌握、出願発明の理解、これらの対比評価は最低限の判断業務であり、これに加えて発明記述の完全性、出願発明の実施可能性の存否など、明細書のバランスのとれた理解一つを取っても、その技術的、科学的な評価のターゲットは一般的に見て広範で、時には十分な経験と深遠な洞察を要することもある。

4.発明者、出願人サイドは、広く強い権利をと切望するが、真の独立した飛躍度を評価判断し査定・審決の処分をなすという経験は、処分時点で要求されるに留まらず、権利化後も侵害差止、損害賠償請求訴訟などの紛争局面、これら訴訟とほぼ並行して提起される有効性の争いなど国益や国際調和の場面でも生かされるものでなくてはならない。

5.特許審査は、言い方はよろしくないけれど、寝転んでできる「寝査」の類いとは異なり、胃のキリキリと痛む「呻査」の場合も多い。
 民間業者が或る時「指定」され、「基準」を貰い受けて実行できる駐車場設置の点検と同視するような愚は知財政策に関して如何なるセクターにあっても犯してもらいたくない。
 これとは逆に、知的財産の生産活動が政府に主導推進されて強力な経済エンジンをなし、民間活力の強大な基盤を形作るに至っている今こそ、これを補強するために特許審査につき質・量両面の拡充策を採ることこそ政策責任者の責務と言えるのではなかろうか。






この記事は弁政連フォーラム第141号(平成16年8月25日)に掲載したのものです。
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