PF-JPA




英国弁理士のPatents County Courtでの侵害訴訟代理権
−我が国の進むべき方向−

Kato Asamichi
日本弁理士政治連盟
副会長 加 藤 朝 道


 英国では、1990年以降、Patents County Courtにおいて、英国弁理士(Patent Agent、Patent Attorney)は、barristerもsolicitorもなしで特許侵害訴訟を単独で代理できるという先進的な制度がある。

 Patents County Courtの事物管轄は、特許庁長官の決定に対するアピールを除き、High Courtと同じであり、また訴額の制限はない。従って、これは一般のCounty Court(県裁判所)とは全く異なるものであり、特許・デザイン等知的財産権に関するEngland/Wales 全域を管轄する専門特許裁判所と位置付けられる。当然、これは我国の「簡裁」に相当するものではない。

 Patents County CourtはHigh Courtに比べて簡易・迅速に安い費用で特許裁判ができるようにするために1990年創設され、簡素化した証拠開示手続などhigh Courtの手続とは異なった特別の手続規則を有する(その詳細はUser's Guide参照)。その観点から、訴訟代理人についても、特許の専門家である英国弁理士が全ての手続を代理できるように定めている。その10数年の歴史によって、弁理士単独代理人の事件も数多くあり、成果を上げている。裁判は1名の裁判官により構成され、現在2名の裁判官が任命されている。裁判官はいずれも技術的素養を有すると聞いている。

 Patents County CourtのappealはCourt of appeal(控訴院)へ、さらに上告はHouse of Londs(貴族院、最高裁)へ行う。

 それ以前から、英国での特許等の侵害訴訟は、主としてHigh Court(その一部たるPatents Conrt)で行うものとされていたが、High Courtの訴訟規則は複雑である上、法廷でのoral手続(陳述、尋問等)はbarristerにより行われ、Solicitorは出廷してbarristerに対して当事者の代理人として指示を与える役割を行う(弁理士はさらにその支援を行う)という複雑な構成をとっており、訴訟が長期化すると共に訴訟費用がかなり高額になることが問題とされていた。そこで特に資力のない中小企業や個人発明家等が特許権等の権利行使を容易に行うことができるようにすることを目的として、Patents County Courtが創設されるに至った。 特許等の知的創作物は、「無体」であり、侵害され易く、また侵害された場合にその権利範囲の争いを迅速に解決することは、通常の裁判所では対応が困難であるという事情の認識が、このPatents County Courtの創設の前提にある。即ち、技術的素養と特許法等の知的財産権法に関する専門的学識を備えた裁判官による裁判所構成に基づき、特許法と技術に習熟した弁理士を訴訟代理人として行うことが、最善の制度であることが、このPatents County Courtの運用によって実証されつつあると考えられる。

 このように、Patents County Courtでは弁理士が侵害訴訟の代理人として訴訟を行うことができるが、問題は、旧来のhigh Courtシステムでは弁理士に侵害訴訟代理人としての資格が認められていなかったことである。

 そこで、2000年来、Litigator Certificateなる制度が、High Courtでの弁理士の訴訟代理人資格として導入された。これによれば、英国弁理士会(CIPA)の定める基準(訴訟上の経験、研修等の基準)を満たす者は、Litigatorの資格を取得でき、High CourtでSolicitorと同等の代理行為を行うことができるようになった。HighCourtでは、依然としてBarrister(法廷弁獲士)がoral弁論手続を行うが、solicitorは文書をもって当事者の代理人としてbarristerに法廷で指示を与える役割を有する。

 なお、現在英国では、SolicitorにもBarristerの資格を開放することがすでに検討中であり、そうなれば、弁理士のLitigatorは、High Courtでも単独代理人として活動できることになろう。

 このように、現在英国弁理士の制度は、弁理士の訴訟関与に関して、世界的に見て先進的な地歩を占めている。この方向は我が国21世紀の弁理士像として、また裁判所構成をも含めた特許裁判制度像として、我々が学ぶべき方向ではないかと痛感する。

 専門性の高い裁判官による裁判所即ち特許裁判所の創設と、専門性の高い訴訟代理人即ち弁理士からの訴訟代理人の養成を、車の両輪として、21世紀の我国の目指す知的創造サイクルの展開、技術創造立国のため、その保護制度面で裏付けることについて、方向性を確立することがまさに現在不可欠の課題である。


侵害訴訟の単独進行のための研修構想

 弁理士による侵害訴訟の単独進行が現実の課題となった。

1. 第46回司法制度審議会(2月2日)の報告によれば、弁理士への特許等の侵害訴訟代理権(弁護士が訴訟代理人となっている事件に限定)の付与を前向きに検討し、その前提として、試験・研修など信頼性の高い能力担保措置を検討、とされている。そこで会員が無理なく参加可能な研修のスキーム(「単独進行研修」(仮称))を提案する。

2. 単独進行研修の位置付け
 2.1 この研修は単に弁護士の代理人がついている状態で単独進行ができるのに必要な最低限のものとするのではなく、本来の侵害訴訟代理人としての能力を涵養するための基礎コースとして、系統だてて位置付ける。

 2.2 義務研修(「単独進行義務研修」)との関係
 弁理士全員に単独進行の資格を与えることになるので、義務研修が一定の範囲で必要になる。これは全国的に亘って開催する都合上その開催回数、範囲等にある程度の制限があることはやむを得ないであろう。この点に関し、新弁理士法附則第6条で定める著作権等に関する義務研修の実施の経験が参考になる。

3. 想定される研修のスキーム
 3.1 段階的研修

義務研修単独進行実務研修
コースT
>単独進行実務研修
コースU

    全会員 (当面は志望者のみ)
   コースT: 義務研修修了者
   コースU: コースT修了者

 3.2 開催のカリキュラム
 義務研修、単独進行実務研修(コースT、コースU)はカリキュラム化して、毎年開催する。なお、単独進行義務研修は、今回の著作権等の義務研修のような実施形態を一応想定する。

 3.3 コースT、Uの時間配分
   1回3hr×10回=30hr/半年間(各コース毎)
   [参考] 平成10〜12年度の会員特別研修会(侵害訴訟基礎研修及び仲裁代理研修)+関連トピックス(不正競争防止法及び関税定率法による水際取締り等)の会員研修会で10回以上となっている。従ってこの程度は会員にとって無理なくこなせる範囲である。研修所ニュースによれば、侵害訴訟基礎研修では4回の平均で東京、大阪、名古屋3会場合計524名の受講者数を記録している。これは会員の関心の高さを表すものである。

4. チュータ(講師)の養成
 各講師には必ずモデレータを2〜3名配し、実務研修の内容の充実を図ると共に、モデレータが将来チュータとして実務研修を主導できるようにする。

5. コースT、Uは次の単独訴訟代理人の資格のためのOJTコースとして、オーソライズされた形をとることが望ましい。これは、今回の著作権等の義務研修のように、改正法施行後しか受講として認めないという固苦しい制度ではなく、長期的な事前の準備期間での受講も考慮した法改正を行うことが切望される。即ち、単独進行の実践を行いつつ、その過程で研修により一層実務能力を高めるという、次のステップへの研修過程の一環として、今から、予定的に手当てをしておくことを意味する。このような、まず研修面での能力増進過程を先取りして定める形での研修の制度化が、最も現実的な方策であり、また最も実り多い方式である。

6. 受講成果の確認と受講歴の管理
 平成13年度以降の著作権等の義務研修から実施するのでその実効性は今後十分期待できる。

7. 倫理規定上の手当て
 単独進行を行う会員は、実務研修等により十分な実務能力を養うよう努めなければならない旨、励行義務として定めることとする。

8. まとめ
 「単独進行」の実現を固定化するのでなく、「単独訴訟代理へのOJT段階」と位置付けることにより、無理なく移行できるようにする。コースT、Uはさらに充実させて、社会的に評価されるものとする必要がある。これは、今までの研修所による研修会の実績を踏まえて今から計画をたてれば、十分に実現可能な視程にある。この計画の実現に向かって直ちに取組を開始することが期待される。


この記事は弁政連フォーラム第100号(平成13年3月25日)に掲載したのものです。
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