PF-JPA




弁理士依頼者の守秘特権の明文化を

Kato Asamichi
日本弁理士政治連盟
副会長 加 藤 朝 道



1.弁理士依頼者の守秘特権とは誰の権利か
 これは、弁理士依頼者の所持する文書の裁判所への提出義務免除の権利であって、弁理士と依頼者との間の信頼関係を尊重して依頼者が弁理士に十分な関連事実を提示して弁理士から適切な法的助言を得られるようにすることを確保するために認められるべき依頼者の保護のための権利である。
 これは、英米法系の証拠開示(ディスカバリー)手続に関連して弁護士依頼者の守秘特権(アトーニー・クライアント・プリビリッジ)に対応して、知的財産、なかんずく特許訴訟において、依頼者が法的助言を、当該分野における法的専門家から受けることを確保するために、必要である。

2.特許における法律専門家とは
 米国ではパテント・アトーニー(Patent Attorney)、英国では特許弁理士(Chartered Patent Agent/Attorney)との依頼者の間の交信文書には、守秘特権が認められている。当該法律分野での専門資格をもった専門家である米国のパテント・アトーニーはパテント・エイジェントの資格と共に弁護士資格を有するので問題はないが、英国特許弁理士には特許法に守秘特権(privilege)が明文規定されている。
 日本では当然弁理士がそれに該当するが、過去において米国での判例は、1992年以降圧倒的に否定的であった。

3.弁理士依頼者の守秘特権はなぜ日本でも必要か
 これには主として、4つの側面がある。
 第1に知的財産には、国境がないこと、従って、日本での特許問題は、直ちに外国での特許問題に大きな影響を与えること、この側面は産業のグローバリズムの進展に伴い21世紀において一層進展すること
 第2には、国際特許紛争、特に、米国での特許訴訟において日本の依頼者、企業が弁理士依頼者の守秘特権を認められない事例が多発し、不利な立場に置かれて来たこと。
 第3には、我国の特許訴訟にも証拠開示に類する手続が導入されたこと。従って、我国においても、実際上、弁理士依頼者の守秘特権に対応する規定が必要になっている。
 第4には、日本弁理士の侵害訴訟への代理人としての関与が現実の立法化の段階に入っており、関連する法的環境の整備が不可欠であること。

4.我国の関連法規はどうなっているか
 民訴法第220条において訴訟当事者の所持する文書についての一般的提出義務を規定する(1〜3号)と共に、4号において例外規定を置き、その中に、ロとして弁理士に関する規定がある。
ロ 第197条第1項第2号に規定する事実又は同項第3号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
 民訴法第197条第1項 次に掲げる場合には、証人は、証言を拒むことができる。
 第1号 第191条第1項の場合[(注)公務員に関する規定、現在改正進行中]
 第2号 医師...(等)、弁護士、弁理士、弁護人、公証人...(等)が職にある者又はこれらの職にあった者が職務上、知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合、
 第3号 技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合
第2項 前掲の規定は、証人が黙秘の義務を免除された場合には、適用しない。

5.特許法の規定はどうなっているか
 これに対する特例法として、特許法第105条は、次のように定める。
民訴法の一般規定
特許法第105条
 第1項 裁判所は、特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟においては、当事者の申立により、当事者に対し、当該侵害行為について立証するため、又は当該侵害の行為による損害の計算をするため必要な書類の提出を命ずることができる。ただし、その書類の所持者においてその提出を拒むことについて正当な理由があるときは、この限りでない。
 第2項 裁判所は、前項ただし書に規定する正当な理由があるかどうかの判断をするため必要があると認めるときは、書類の所持者にその提出をさせることができる。この場合においては何人も、その提示された書類の開示を求めることができない。
 第3項 前2項の規定は、……当該侵害行為について立証するため必要な検証の目的の提示について準用する。

 この特許法第105条において、米国の証拠開示(ディスカバリー)制度と最も異なる点は、米国のディスカバリー手続が、第1段階として当事者代理人間での文書の提出(交換)として行われ、双方の訴訟代理人(弁護士)には、守秘義務を課した上で、開示された証拠を点検して侵害、無効の立証に必要な証拠を摘出することを認めている点である。これに対し、我国特許法第105条の下では、裁判所のみが提出された証拠に接することができ、相手方の弁護士と言えども、「何人も、その提示された書類の開示を求めることができない。」とされていることである。これ即ち、インカメラ手続と称する。(さらに米国のディカバリー手続には、文書開示義務違反に対し強力な制裁規定があるが、我国では、この点については必ずしも明確な制裁規定までは規定されていない。)

6.特許法第105条の文書提出命令の対象は明確か
 @「当該侵害行為について立証するため、…必要な書類」には何が含まれるか、A「その提出を拒むことについて正当な理由があるときは、この限りではない」とする「拒む正当な理由」とは何が該当するか。
 @の問題は裁判所の運用次第で広くも狭くもなるであろう。
 Aの問題は、当事者(多くは侵害被告)の技術上の秘密、営業秘密の保護(その不必要な開示の抑止)のためにこのただし書が導入されたいきさつがあり、基本的に侵害の立証の必要性との比較考量(バランス)の問題として裁判所の裁量に委ねられている。
 なお、保護すべき秘密を含む証拠の扱いについては、公衆の自由なアクセスを制限するべく、民訴法等で手当がある。従って、当事者の所持する文書で侵害の立証のための必要な文書として、弁理士−依頼者間の交信文書や弁理士の作成した鑑定書やそのために作成した鑑定資料(例えばイ号物件の特定のための図面とか構成要件のまとめ等)がある場合、それはどのように扱われるのかもう一つはっきりしない点があると考えられる。

7. 問題の所在
 特許法第105条は、民訴法第220条全体に対する特例法と見ることも可能であり、その立場に立てば、「提出を拒む正当な理由」があるものとしては、できる限り制限的に解すべしということになる。その場合、後に不侵害と判明するおそれのある技術情報が、不用意に開示されることさえ防止できればよいのであって、そうとすればここに「弁理士依頼者の守秘特権」を導入することは、特許法第105条の立法趣旨に反することになるというような見解も、一見相当の理由があることになろう。
 一方、提出を拒む正当な理由として、民訴法第220条第4号ロに規定する事項、即ち「弁理士が職務上知り得た事実で黙秘すべきもの」を記載した文書をも含むものとすべし、との見解も一応あり得よう。しかし、この点に関しては、筆者の知る限りにおいて立法の過程では余りつっこんだ議論がされた形跡がなく、またその後も議論されていないと見受けられる。なお、特例法は、個別該当事例において、一般法規に対し、優先的に適用されるべきものとする原則がある。

8.21世紀の知財リーガルサービスの法的環境整備を
 弁理士に対し訴訟代理権を付与することが、現実の課題となっている。
弁護士が訴訟代理人となっている場合に限るという制限付きではあるが、ここで弁理士が訴訟代理人として、侵害訴訟に一層積極的に関与することになることは、すでに既定の方向であり、知財国家戦略の観点からも、知財裁判の迅速、適正な解決を制度的に担保することに資すること大である。
 このように見た場合、弁理士に対する依頼者、とりわけ企業、これからその育成が期待されるベンチャー企業や個人発明家等が、弁理士に対し、後顧のうれいなく、安心して専門的法律相談を行うことができるよう、法的環境の整備が必要である。
 その主要な一つが、「弁理士依頼者の守秘特権」である。これは、冒頭で説明したとおり、依頼者が特許について専門的法律相談を十分に安心して受けられるようにするための、依頼者に与えられる依頼者の保護のための特権であり、決して「弁理士の特権」ではない。

9. グローバルな特許戦略の確立を
 特許発明を中心とする知的財産には国境がない。現在、我国での特許係争(侵害も有効性も含めて)は、直ちに世界の主要国での特許係争に同時的に波及し、あるいはその旨も然りである。一つの同じ発明について世界の複数の国で夫々保護をうけるための権利化のための国際的制度調和はかなり進んでいる。即ち、パリ条約に始まり、特許協力条約、WTO、TRIPS協定等と進展している。
 しかしながら、取得した権利の行使(エンフォースメント)・活用の面では、未解決の問題が山積みである。
 特に知財サービスの国際的調和は、遅れている。
 我国弁理士への訴訟代理権付与は、特に米国のパテント・アトーニーとの対抗上、不可欠の一歩であるが、知的財産におけるサービス専門化の態勢如何によって、一国の国際的競争力が左右される時代にすでに突入しているとの自覚が、まだ我国法曹関係者には、極めて希薄である。
 この観点から、弁理士の訴訟関与の進展を弁理士依頼者の守秘特権の確立という方向でも、さらに促進することが肝要である。

10.米国における新たな進展
 1992年のAlpex事件後米国では、日本弁理士との交信文書について、その所持者(当事者)に対し、守秘特権の成立を認めないという判例が続出していた。
 昨年になって初めて一件、日本弁理士の依頼者(在米)との交信文書(日本特許についての新発見の公知技術に対しての有効性をめぐる弁理士の意見を含むもの)について、アトーニー・クライアント・プリビレッジとして認めるという判例が出た。
 それは、新民訴法第197条による職務上知り得た事実の証言拒否権と第220条の一般文書提出義務に対する提出拒否権の存在を肯定的に評価しつつ、弁理士の業務として、弁理士が特許権侵害と有効性に関し法律的助言を行うこと、また一定の特許に係る裁判で裁判所において依頼者を代理できること、等を極めて好意的に認定し、特に特許に関する法的助言は日本では大部分が弁理士によりされていることを認定して、米国のパテント・アトーニーに類する法律専門資格者として、弁理士の存在を認めたものである。その上で弁理士には日本法上守秘特権が認められていると認定して、当該交信文書にも日本法上の守秘特権の適用を認め、結果として開示を免れると判断した。
 しかしながら、ここでは特許法第105条との関係は、議論となっていず、また、民訴法第220条自体をもって、一般的に証拠開示制度が日本の民訴法上有ると認定している点があり、大きな問題を残している。
 そもそも特許法第105条の必要性は、改正新民訴法第220条のままでは、特許侵害訴訟上、当事者(特に侵害者)に証拠提出の義務がないことを明文をもって規定していることに発している。
 1992年のAlpex事件以来の、弁理士との交信文書に対する守秘特権否認の傾向は、日本法下において、弁理士との交信文書がそのような守秘特権の対象である旨の立証が不充分として、積み重ねられてきたものである。
 従って、米国で今後どのような方向に進展するか、なお予断を許さないというのが現状である。
 正確に言うと、新民訴法第220条の下では、技術上の秘密、営業秘密を含む文書は、提出義務を免除されている。従って、特許係争に係る文書には、民訴法上はそもそも文書提出義務が存在しないため、特例法として特許法第105条の改正が必要となったのである。

11.明文化による依頼者における不慮の不利益の防止を
 訴訟は、当事者があり、裁判があって成立ち、国毎に、また管轄地域毎に、その適用は異なる。従って、米国で日本弁理士について弁護士依頼者の守秘特権と同等の特権を、弁理士依頼者に保証するには、これを誰にも明らかなように明文規定することが必要である。
 この権利は、依頼者にとって基本的な権利として認識されるべきものであり、複雑な法的議論と事例の積み重ねを待って初めて、その成立が認められるというような、性質のものであってはならない。
 その実現こそ21世紀に当たり、日本弁理士に課せられた社会的責務ではないか。
 このように強く考える次第である。
 諸兄のご高配に期する。
以上


この記事は弁政連フォーラム第102号(平成13年5月25日)に掲載したのものです。
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