PF-JPA




知的財産戦略会議に望む
−骨太の知財立国 
      グランドデザインを−

Kato Asamichi
日本弁理士政治連盟
副会長 加 藤 朝 道


知的財産戦略会議の開催に際し、次のとおり提言する。

1.知的財産戦略会議の趣旨
 我が国産業の国際競争力の強化、経済の活性化の観点から知的財産戦略を早急に樹立すること。
小泉首相の施政方針演説(努力が報われ、再挑戦できる社会)

 世界最高水準の「科学技術創造立国」の実現に向け、人の遺伝子情報の医療への応用、極めて微小なレベルでの新材料開発など、最先端の戦略的研究分野に重点的に取り組みます。併せて、産学官の連携の推進、地域における化学技術の振興を図ってまいります。
 我が国は、既に、特許権など世界有数の知的財産を有しています。研究活動や創造活動の成果を、知的財産として、戦略的に保護・活用し、我が国産業の国際競争力を強化することを国家の目標とします。このため、知的財産戦略会議を立ち上げ、必要な政策を強力に推進します。(中略)
 「努力が報われ、再挑戦できる社会」は、明確なルールと自己責任原則に貫かれた事後チェック・救済型社会です。この新しい社会にふさわしい司法制度を構築し、国民にとって身近なものとするため、早急に司法制度改革推進計画を策定し、改革を着実に進めます。
裁判の一層の迅速化を図るための制度や、法科大学院を中核とする法曹養成制度を整備するとともに、弁護士などの法曹人口を増やし、国民が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与する新たな制度を導入します。

2.どのような社会が構築されるべきか
−知的財産立国のグランドデザイン−

知的創作物が尊重され、活用され、活発な知的創造のインセンティブを与える社会−その骨格を構築すること。
 *産業の国際競争力の強化、経済の活性化は国際的視点、即ちあらゆる関連制度を国際競争力の問題としてとらえること。
 *知的財産基本法と憲法による法的に明確な担保。
 米国は発明と創作の保護を憲法に規定している。
 *知的財産は財産権の側面のみでなく、創作という人間の基本的営為に依拠するものであり、基本的人権の側面をも有する。
 *知的財産は公開が命。公開されてこそ、社会人類の共有財産となる。公開されることにより、知的財産は豊富化され、社会に知的創造へのインセンティブを与える。従って、公開された知的情報に十分な保護が与えられる社会としなければならない。先公表優先権による特許制度の再構築と世界的調和。
 *知的財産は人が支える。
 人的基盤の整備、教育・科学技術。知識のつめこみでなく、創造への活力が目標。
 知的財産保護の専門家プロフェッショナルの国家的育成。
 米国は1万7千人のパテントアトーニーと数千人のパテントエイジェント。
 日本は3百人の弁理士登録弁護士と5千人弱の弁理士。日本はその国家的育成を戦略として樹立すべし。
 知的財産司法も人が支える。技術的素養を備えた裁判官の国家的育成。その人的供給源は特許庁審判官、弁理士等にある。
 *知的創造サイクルの展開
 まず、知的創造サイクルを完結させること。切れがあってはならない。その展開のため、あらゆる局面で活性化を図ること。
 知的創造・発明→知的財産権としての権利化→権利の活用→権利の行使。
 紛争の適正かつ迅速な解決→更なる創造へのインセンティブ。
 *知的財産研究開発への投資、投資の誘導
 知的創作はリスクが伴う−リスクは社会が吸収すること、リスクを恐れない再挑戦の機会の社会的支援システムの構築。
 *税制の改革−知的財産研究開発への投資を誘導する税制を。
 休眠資金を有意義に使える社会に−お金の有効な使い途が判らない−知的財産の評価を国家と企業の経済・財政措標とすること。

3.どのような制度が構築されるべきか
 3.1 権利化の局面
創作・発明の促進とその保護が真に両立する制度の構築
先公表優先権制度の樹立
 特許では発明の先公表を単に新規性の例外とするのではなく、先公表に優先権を与えて、保護するようにすること。
 特許制度の原則に立ち返って、発明の公開の意義を見直すこと。特許制度は発明・技術が死蔵されるのを防止しつつ、公表を促すため、公開を代償として一定期間発明者に発明の独占的な利用を認める事を基本的
原則とする。即ち、これは産業社会の基本的ルールであり、公正な競争を行いつつ経済の発展を図るという優れた制度であり、国際的にも1883年パリ同盟条約の締結以来120年に亘り、発展してきた。それは十分な
根拠があるからである。
 *特許権・著作権の役割分担と共通性
 著作権は元来公表されて利用されることが大前提の制度であり、著作物の保護も情報の電子化、インターネット情報社会(IT化)の進展から一層強化される必要がある。
 特許権と著作権はIT化の進展により、今後一層密接に関連するようになり、重複して保護される領域が拡大する。
 著作権は創作により原始的に発生成立するのに対し、特許権では発明により原始的に特許を受ける権利が発生し、独占権としては登録(出願、審査という手続を経る)により成立する。しかし特許権も公開を原則とする点及び知的財産として情報としては人に共有される点で、少なくとも権利として成立した後で基本的に共通した性格を有する。
 IT化の進展に伴い、発明が即公表される時代に突入しつつある。逆に特許制度が特許としての権利化のために発明の公表を遅らせることが不可避の制度に止まるとすれば、当然社会の進歩、特許技術の発展にと
って、それが障害となることになる。先端分野の研究者はその発表が生命であり、一刻を争っている。
 その問題の解決には、先願主義をとるか米国のように先発明主義をとるかの二者択一の議論ではなく、I T化時代即ち全ての情報が速やかに公表される時代にふさわしい、新たな特許制度が構築されなければならない。
 その一つが先公表優先権制度である。
 3.2 国際的調和の局面
特許制度の実体的調和への方策
知的財産情報には本質的に国境がない。その国際的保護が不可欠である所以である。
 特許出願の手続的側面での国際調和は、P L T (Patent Law Treaty)の締結により、近い将来、かなりの面で進展する。
 しかし、実体面において、特許制度の国際的調和の見込みは全くたっていない。米国の先発明主義への固執と、欧州の例外なき世界公知主義(新規性の猶予、いわゆるグレース・ピリオドすら認めていない)との間で、時計はこの十年間全く止まったままである。日本はその中間に位置して、いわゆる国際グレース・ピリオド制度の導入を唱導しているが、それが受容られる見込みはすぐにはない。グレース・ピリオド制度は、やはり、先願主義の例外(新規性喪失の例外)に止まるものであり、かつての国際調和(ハーモ)条約草案で死産となった国際グレース・ピリオドでもその欠点は解消されない。ある発明者の先公表に対し、他人が先に関連出願を行った場合に、先公表発明者の権利化が阻害されるという基本的問題が残されているからである。
 先公表優先権制度は、このデッドロック状態に一石を投ずるものであり、今後の世界の特許制度の実体的調和の具体的方向性を示すものとして、我国が唱導することを期待したい。
 これにより、名実ともに特許の世界でも、世界のオピニオンリーダーの立場を日本が確立することができよう。
 3.3 権利行使の局面
*知的財産司法制度の根本的改革の再検討が必要
 司法制度改革審議会の平成13年6月意見書を基礎として、司法制度改革推進本部が発足し、向う3年間に20本を越す関連法案を国会に提出することを骨子とする「工程表」の年度内閣議決定が予定されている。
 しかし、知的財産司法については、なお未解決の問題が山積している。
 *知的財産裁判所の構築
 キーワードは、技術的素養をもった裁判官による知的財産裁判所の構築である。
 残念ながら、この最も重要な点が欠落しているが、議論もされていない。
 司法改革の標語は、国民に利用し易い開かれた司法であるが、知的財産に関する限り、そうなっていない。
 東京・大阪両高裁管轄下の地裁への特許等の侵害事件の専属管轄案と専門部の拡充が唱われている。しかし、これでは裁判所合議体の調査官に頼りきった体質は、何も解消されない。技術的素養をもった裁判官による裁判こそが知的財産における「国民に利用し易い、開かれた司法」である。この問題を改めて提起したい。
 専門委員制度に止まらず、知財参審員制度を知財における「開かれた司法」とは、知財参審員制度を導入することによって実現される。なぜ刑事事件にだけ参審員制度が限定されるか、全く議論すらされていない。
 そもそも司法改革のテーマに当初知的財産が重点項目として入っていなかったが、なお、その重要性の認識が基本的に不足していると感ぜられる。
 専門委員制度は、あくまで国民の司法参加の実績を積むための過渡的な制度であり、将来の参審員制度の下でも補助的な制度として存続すべきものであると考える。従って、知的財産訴訟における専門委員は、常勤に限らず、広く民間から非常勤の委員を採用すべきである。これは、開かれた司法への布石として位置づけるべきだからである。
 *知的財産裁判に真に役立つ証拠収集制度の構築
 知的財産権の特質は、権利の基礎となる情報は既に公開されているのに対し、侵害の成否を判断すべき被疑者側の情報は、営業秘密(技術上の秘密を含む)のベールに厚く覆われていることにある。現在の民訴法(第220条等)は、営業秘密の保全に偏重しており、知的財産訴訟における証拠収集にとって、全く不都合な制度となっている。その手当てとして特許法第105条等の特例法に頼らざるをえないことは、まさに、民訴法の基本的な欠陥と言える。知財訴訟に真に役立つ証拠収集制度の構築は、適正で迅速な知財裁判の要であり、その方向性を戦略会議で打出すべきである。これなくしては、我国知財司法の後進性は、脱しきれないであろう。
 *弁理士の司法面での役割の一層の拡充
 特許等侵害訴訟について弁理士の訴訟代理人として関与が弁護士が受任する事件との限定付ながら、認められることになった。第2次弁理士法改正案はすでに2月25日参議院に上呈されている。そもそも何故に、弁理士を特許等の侵害訴訟に代理人として関与させることが必要か、この問題を原点に帰って再検討すべきである。特許等の権利は、出願・審査、さらには審判・異議、そしてさらには東京高裁における審決等不服訴訟(最高裁への上告も含む)を経て対世的独占権として成立するものである。弁理士はその権利成立に代理人としてかつ技術上の専門家として一貫して従事し、実体的にも法的にもその権利内容に精通している。
 その精通した学識と能力を司法の場で活用することこそが弁理士に侵害訴訟代理権を与えることの本旨である。
 しかしながら、この改正案は、中途半端な性格が濃厚であり、過渡的な第1段階と位置付けられるべきものである。即ち、弁護士との共同受任の制限がある上に、さらに単独出廷は原則禁止との加重制限までついている。これでは、弁理士の専門的能力の活用ではなく、現行の補佐人から名称を変えた程度のものと言わざるをえない。弁理士の積極的関与なくして、特許等の侵害訴訟の適正かつ迅速な進行はありえない。それにも拘わらず、このように制限的な法文化を行うのは、本末転倒である。必要な場合、弁理士は弁護士と併行して受任し、また、必要に応じ、共に出廷することを規定すれば十分なはずである。これが、国民に利用し易い知財司法である。即ち、専門性の高い弁理士を代理人とするか、訴訟手続の面で弁護士を選ぶか、或いはその両者を求めるかは、当事者が適宜事例毎に判断、選択すべき事柄である。これが、自己責任の原則である。
 我国の現在おかれた状況は、知的財産を国家戦略をして打ち出す事が、早急に求められている程に深刻かつ急激な改革を必要としている。それにも拘わらず、このような弁理士法改正案にしか至り得なかったことは、現在の司法改革のスキームがすでに不完全なものになったことを意味する。
 従って、本戦略会議では、弁理士の戦略的活用の方向を明確に打ち出し、弁護士との共同受任の限定を司法改革の過程で解除する方向性を明確にすることが求められる。
 併せて、弁理士の業務範囲の知的財産全般への一貫関与の方向性も戦略として打ち出す事が求められる。

以上

この記事は弁政連フォーラム第112号(平成14年3月25日)に掲載したのものです。
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