PF-JPA

知的財産国家戦略への歩み(その2)

知財戦略推進の鍵は司法改革にある−
弁理士の司法への第1歩
 

Kato Asamichi
日本弁理士政治連盟
筆頭副会長 加 藤 朝 道


はじめに
 前号では、特許庁独立行政法人化問題を契機として知的創造サイクルへの一貫関与を目標とする平成10年弁理士会総会決議から自民党知財議連創立までについて述べた。
 本号では、知財戦略と司法改革の関連した動きについて述べてみたい。
1.知財戦略における司法改革の重要性
 知財国家戦略を考えるとき司法改革なくしては、その貫徹はありえない。
 なぜならば、知的創造サイクルの環は、特許権など成立した知的財産権の保護・利用、そのための権利行使の確保を欠けば、完結せず、サイクルからスパイラルへの展開には繋がらないからである。
 知的創造サイクル展開の溢路に司法制度の問題があることは、かねて産業界・識者からも指摘されていた。我国の特許裁判は進行が遅く保護範囲が狭く、また侵害が成立しても損害賠償の額が米国に比べ極めて低く、侵害はやり得の観が長くあり、特許裁判の空洞化まで危惧される事態に至っていた。
 これは伝統的に我が国の知財裁判制度の問題であると考えられ、司法改革の大きなテーマとされるべきものであった。
 このような中において、司法制度改革が法曹界中心で論じられており、民事訴訟法の大改正(平成9年1月1日施行)がされたが、なお、この改正によっても特許訴訟の迅速化、低い損害賠償額の問題は解決し得ないことが明らかとなった。この当時の切迫した事情は、荒井寿光特許庁長官著「特許戦略時代」(平成11年2月日刊工業新聞社発行)を参照されたい。
2.弁理士の司法への新たな第1歩
 弁理士の司法参入の歴史は、80余年前に遡る。即ち、大正10年の侵害訴訟補佐と、昭和23年の審決取消訴訟代理である。しかし、訴訟補佐は、弁理士が実質的な役を演じながら脇役であり、審決訴訟代理は、権利の発生・消滅を決する重要な事件の正式代理でありながらなぜか「例外的」な位置付けであった。
 そのような中で弁理士会・弁政連は、平成9年秋以来特許庁の独立行政法人化反対の運動と共に知的財産基本法の制定、知的財産権庁の設置を要望すると共に、平成10年早々特許裁判所の創設と弁護士の法律独占事務の見直しを自民党司法制度調査会に要望した。この中で田中理事会は、特別委員会を設けて会員の意思の統一を図ると共に、弁政連(古谷会長)の開拓した政界チャンネルを活用して一致して自民党の政策決定中枢への働きかけを行った。
 今でこそ、弁理士会は自民党の司法制度調査会に出席することが当たり前のように思われているが、実は、そこに至るまでには、法曹アンタッチャブルともいうべき巨大な壁があり、容易ならざるものがあった。しかし、弁理士会・弁政連は、この試練を、劇的に乗り越えることができた。
 ここに特筆すべきエピソードがあるのでぜひ紹介したい。
 自民党の司法政策を決定する機関として司法制度調査会がある。
 田中理事会のとき、そこへの弁理士の出席を要望したが「法曹でないからだめ」と断られ、座長(保岡興治代議士、後の法務大臣)の取り計らいでやっとオブザーバーの資格で出席を認められた。渡辺望稔弁理士会副会長と古谷史旺弁政連会長が出席すると、それを見て、ある委員から直ちに発言があった。「弁理士は司法関係者でないのになぜここに居るのか。」
 保岡座長は、これを受けて、「こういう人がいるが、渡辺君何か言うことがあるか」と問いかけてくれた。そこで渡辺副会長は、ここぞとばかり、その思いを語り始めた。
 資源のない日本が敗戦後の焼け野原から世界で一二を争う経済大国に発展してきたのは常に新しい技術を新しい製品化に結びつけそれを輸出して外資を稼ぐことが出来たからである。それを縁の下で支えて来たのが弁理士である。
 米国のレーガン以来のプロパテント知財政策を引き合いに出しつつ、我国が21世紀の産業競争力を回復して生き残るためには、知的財産を戦略的に活用することが如何に重要であるか、切々と訴えた。出席者皆がじっと傾聴し、発言時間は30分を超えてしまったが、会場はしんと静まり返った。
 保岡座長から、発言があった。「オブザーバーでだめですか。」(反対なし)。続けて、「正式のメンバーとして出席してもらってはどうか。」(反対なし)。
 ここに、政治の力が弁理士の声に呼応し新たな第1歩が記されたのである。
 その後、弁理士制度の改正は、司法制度改革の一環として明確に位置付けられるようになり、弁理士制度100周年を期しての弁理士法第1次改正の国会審議になり、衆議院法務委員会(杉浦正建委員長)から弁理士会会長を参考人として招致していただき、平成11年度幸田全弘会長は弁理士会を代表して弁理士業務の一貫関与の重要性、国際性、その産業の発展への影響について発言した。これは弁理士が国会で意見表明した最初となったのである。
 なお、この流れは、その後、神原貞昭弁理士の司法制度改革審議会事務局への嘱託研究員参加とその後の司法制度改革推進本部の検討委員会への村木清司日本弁理士会会長のオブザーバー参加、内閣府に設置された知的財産戦略会議(平成14年3月発足)のメンバーとしての小池晃日本弁理士会会長の参加、知的財産基本法の審議(平成14年10月衆院経済産業委員会)での笹島富二雄日本弁理士会会長の参考人招致、更には、内閣府設置の知的財産戦略本部(平成15年3月発足)の本部員としての下坂スミ子現日本弁理士会会長の参加等に発展している。
3.知財改革・司法改革の残された課題
 このように弁理士の活躍は一時代前に比べると一見夢のような大発展と世間からは見られている。
 しかし、現在、弁理士の知的創造サイクルへの一貫関与貫徹の前には、なお大きな壁が立ちはだかっている。弁理士法第2次改正で達成された特定侵害訴訟代理人制度は、弁理士の補佐人としての侵害訴訟の手続への関与の80年余の歴史の中で画期的なことではある。しかしながら、そこに課された2つの制限(単独代理不可、単独出廷も原則不可)は、なお、知財国家戦略の実現のためには、可及的速やかに発展的に解消されなければならない。
 なぜか!それは、我が国の国際競争力の回復・一層の発展のため知財戦略の推進を不可欠としているからである。そのためには、知財制度が司法制度を含めて、早急にそのインフラ基盤を整備する必要があるからだ。中途半端な制度のままでは、国際競争の場で、勝ち抜くことはできない。小泉首相が、知財戦略本部の冒頭で、「前例にとらわれず、世界一のものを、3年以内に」と発言されたが、まさにこれは時代認識として敬意を表するべきものである。
 知財裁判の制度インフラは第1に裁判所の制度があり、第2に裁判官、代理人を含めた人材の確保育成の問題がある。
 前者は、第9番目の高等裁判所として知財高等裁判所を創設すること、後者は、弁理士の特定侵害訴訟代理人制度を本来のあるべき知財代理人制度へ向けてさらに改革することが、夫々、主要な課題であると共に、両者は車の両輪の関係にある。
 弁理士は、能力担保研修・試験を経て弁護士との共同での受任・訴訟遂行で、その十分な実務能力の獲得・増進が期待されるが、それに留まって安住することは許されない。時代は、すでにその一歩先を求めている。
 知財戦略本部の下に設置された3つの専門調査会の一つ、権利保護基盤の強化に関する専門調査会の第1回会合が去る10月8日に開催され、調査事項として、知財高裁(本年11月)・特許審査迅速化対策(12月)・ニセモノ対策(16年5月)に続き、専門人材育成(6月)がとりまとめのスケジュールと共に挙げられている。
 専門人材育成の中心課題は、単独で侵害訴訟代理能力をもった弁理士の育成であり、その制度的確立である。
 この制度設計としては、現在のように、弁理士資格としては補佐人に留め、希望者を能力担保研修・試験によって、侵害訴訟代理人に育成する付記弁理士制度の延長線で考えるのか、或いは、全く新しい弁理士制度として構築するか、早急に結論を出さなければならない。
 この点に関し、弁理士会内の検討は、決定的に遅れている。早急な検討に着手すべきである。
4.新しい弁理士制度の構築−
 −増大する弁理士と実務能力レベルの維持・拡充−
 これは、互いに相反するテーマであるが、これを実現しなければならない。
 平成14年度弁理士法改正特別委員会の答申は、この点に関し、全く新しい試験制度を含めた制度設計を第3次弁理士法改正の中核に据えることを提言している(平成14年度委員会報告参照)。即ち、民事訴訟法と知財に不可欠な民法の基礎的科目は、弁理士試験に含め、合格者には、能力担保の研修を課す制度である。能力担保の研修は登録要件とすることが最も単純であるが、侵害訴訟代理業務の受任要件とすることも考えられる。
 これは、現在の弁理士試験制度の下で、新規合格者に、本来的な弁理士業務(明細書作成等の実務)の実務研修を行うことがすでに日本弁理士会研修所のかなりの負担となっていること、その原因が実務経験の全くない合格者が増大しており、研修の質とレベルの維持に困難を来していることである。
 一方で弁理士試験合格者の増大の要請が根強くある。しかし、合格者が増大してもペーパードライバーばかり増えるのでは、産業の競争力強化には役立たないであろう。一方で、知財専門職大学院等で実務教育を行うことで、この問題は解消すると考える向きもあろう。しかし、これは、実務的能力の素養を与えることには役立つが、これが、即弁理士としての実務能力の増進には、直ちには結び付かないと思われる。
 やはり、或る程度の実務経験を踏まえつつ、段階的に弁理士の実務能力を拡充させるのが、世界最高レベルの弁理士を生み出す最も近道である。そして、そのような実務教育システムを構築すること、そのためのグランドデザインをまず確立することが、現在の弁理士会に課された緊急の課題であると思われる。
 その際忘れてならないのは、今回の能力担保研修の成果である。実務経験のある弁理士に対する研修、換言すれば継続的研修の方が実効性は高くなることは間違いがない。従って、真に訴訟実務能力の高い弁理士を輩出するためには、このような制度を構築することを真に考慮するべきであろう。
5.あるべき在野知財法曹システム
 弁理士新合格者の実務能力レベルの担保をいかにして行うかの問題は、法科大学院で理系出身者を入学させれば解決するという法曹関係者の思いこみとも、一面共通する問題である。知財専攻の法科大学院を卒業しても、育成される「知財」弁護士はあくまで弁護士であって知財にも若干強いという性格の人材である。このような人材すら少ない現状である以上、その育成は、知財戦略の一環として力を注がなければならない。
 しかし、そのように育成された弁護士が、果たして、弁理士の本来なすべき、創造から出願を経て権利の獲得・維持とその活用までの知財の基盤的業務についての実務能力を取得しうるとは、到底考えられない。現在の弁護士制度では、「弁護士は、当然、弁理士の事務を行うことができる」(弁護士法3条2項)となっているが、このような法律上の資格では、弁護士が増えても単にペーパードライバーが増えるにすぎないことは、火を見るよりも明らかである。
 従って、知財立国の観点からは、知財専攻の法科大学院も必要ではあるが、むしろ、それ以上に、弁護士に「知財専門」弁護士の専門性表示を実務能力と整合するものとするために、弁護士の弁理士登録に際し、実務研修を義務付けることが最も有効ではないかと考えられる。日本弁理士会の行う実務研修をうけることによって、弁護士の弁理士としての実務的能力も担保することができ、弁護士・弁理士のダブルタイトルは、まさに「知財専門弁護士」と呼ぶにふさわしいものに名実共になるのである。
 このような、視点からの弁理士法の改正も、世界一の制度を目指すためには、当然視野に入れるべきである。
 このようにして誕生する「知財専門弁護士」、そして知財分野で完全な形の訴訟代理権を持つ弁理士が、あるときは協働し、あるときは切磋琢磨することで、国民に選択の幅に広がりのある高いレベルの知財司法サービスを提供できる世界一の知財法曹システムが完成する。
(以下次号に続く)



以上

この記事は弁政連フォーラム第131号(平成15年10月25日)に掲載したのものです。
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