PF-JPA

知的財産国家戦略への歩み(その3)

知財高裁の創設と弁理士の
知財戦略への更なる貢献
 

Kato Asamichi
日本弁理士政治連盟
筆頭副会長 加 藤 朝 道


はじめに
 9、10月号と、平成10年弁理士会総会決議から自民党知財議連創立まで(その1)、知財戦略推進の鍵は司法改革にある(その2)−弁理士の司法への新たな第1歩、と述べてきた。本号では、さらに、最近の知財高裁創立をめぐる動きに触れると共に、実際に知財戦略推進の第一線実務当事者としての立場から、述べてみたい。
1.知的財産高等裁判所の創設
(1)去る12月11日、知財戦略本部権利保護基盤の強化に関する専門調査会は、次のとおり提言をとりまとめた。
 「知的財産重視の国家政策を内外に対し明確にするとともに、紛争のスピード処理、判決の予見可能性(判断の早期統一)及び技術専門性への対応を高めるため、法律に規定された裁判所として、司法行政面での独立した権限が法律上確保された知的財産高等裁判所を創設し、知的財産訴訟の審理の更なる充実・迅速化を図るべきである。このため、知的財産高等裁判所を創設する法案を2004年の通常国会に提言出すべきである。」
(2)これについて、新聞報道では、「知的財産高裁、結論先送り」と題し、独立した(第9番目の)高裁とするか、東京高裁の内部的な組織とするかは結論が出ず、政府内の調整に委ねることとなった。意見が対立して集約できなかったことを伝えている(産経新聞12月12日)。まさに、憂うべき事態である。知財高裁の創立は、先の総選挙で小泉首相の主導した選挙公約たる自民党のマニュフェストに大きく掲げられている。従って、政治決着の動向がこれに反しないよう、十分注視する必要がある。
(3)反対説は、専門特化による一般の裁判所との乖離のおそれ、他の分野の専門裁判所の設立の前例になるおそれ、人事面での流動性が失われるなどである。しかし、そもそも問題の所在は、技術・知的財産法制・運用各面において専門性に乏しい裁判官によって控訴審(第2審)裁判において国民・利用者、特に時代の最先端を争うべき産業界や研究者の当事者が適切で迅速な裁判を受けられるか否か、という点であり、利用者に信頼され、国際的にデファクト・スタンダードとなりうるような優れた裁判を迅速になしうるかどうか、ということである。反対説には、この最も肝要な問題認識が欠落している。
(4)従来の東京高裁の人事ローテーションでは、どういう順か国民には全く知るべくもないが、突然今まで知財も特許も全く扱ったことのない判事が高裁民事第X部(知財専門部)に配属されてきて、しばらくするとまた忽然とどこかに転属されている。このような裁判所人事システムでは、どのような看板を掲げようと知財裁判所の専門性の強化は永久に望むべくもない。
 この悪弊を断ち切るには、第1に独立した組織としての知財高等裁判所を創立することである。その中で技術と知財に強い裁判官の集中、養成、拡充を国家戦略として推進すること、今必要なことはこのことである。21世紀の我が国のグランドデザインの中核に知的財産立国を国是として掲げる以上、当然なすべきことである。それなくしては、我が国の国際競争力の回復は、司法が隘路になること必至である。
 独立の知財高等裁判所に対する弊害論には、そもそも現状を弊害と認めず肯定する立場が大前提にある。例えば、事件数と裁判官数から見ても東京高裁の知財専門部(4ケ部)はすでに、1個の高裁の規模に達しているが、それをそのまま東京高裁内「知財裁判所」と名ばかりの形式的組替えを行うとすれば、巨大化した東京高裁と他の地方の高裁とのアンバランスを一層拡大させることになる。しかし、この問題に触れた論者は見当たらない。
(5)今や、原点に立ち返って考えるべきである。国民は、知財高裁の判事には高い専門性を期待しているのである。それなくしては、等しく国民に適切な裁判を受ける権利を保証したことにならない。一体、技術にも知財法制にも疎い一般の刑事や民事の裁判官を何十年か務め上げて年功序列式に高裁判事となって配属される裁判官に、国民・利用者は信頼して知財の控訴審を委ねられるものであろうか。特許庁の審決取消訴訟一つをとって見ても、準司法手続として行われ裁判の第一審に相当する地位が法律上与えられている特許庁の審判部には技術面で32部門、意匠2部門、商標4部門、計38部門の専門部門があり、それぞれ何十年かの審査官経験者が配属されている。権利の成立・無効を決すべきその審決の当否を判断すべき裁判官が技術にも知財法制にも疎いまま配属されるシステムはもはや適切なシステムとは言い難い。知財裁判において専門性を確保しなければ、適切かつ迅速な判断がなし得ないことは誰しも認めるところである。裁判官には、自ら判断する高度の弁別能力が求められるが、知財裁判ではこれが国際的視点から求められている。例えば一つの発明が世界各国で特許となり同時に裁判の対象ともなる時代である。これがWTO体制の世界市場化の流れの中で、我が国の知財戦略が達成すべき焦眉の課題である。
(6)知的財産(例えば発明とか、アニメ等のコンテンツ)には本質的に国境がなく、自由に伝播し、一度公表されると、他の国では、容易に模倣できる性質のものである。よってその保護には、特別の配慮が必要である。訴訟手続上において、技術・営業上の秘密を含む文書提出義務が免除されること等民訴法の規定では十分な証拠収集ができず、損害賠償の立証もできない(民訴法220条、197条等)。そのため現に特許法等で特別の規定(特許法104条の2、105条、102条等)を設けて、知財裁判における立証の容易化や損害額の推定を図らざるを得ないのが、実状である。まさに、知財裁判は、一般民事裁判とは、異なった訴訟手続を必要としているのである。
 このように知財高等裁判所には高度の専門性が要求されることが明らかであり、それを組織上担保するには、独立した高等裁判所とすることが不可欠の条件である。
(7)反対論の一説には、既存の法曹以外の技術裁判官の導入に途を開くことになることがある。これは、閉じた法曹・司法観で、国民に開かれた利用し易い司法という司法改革の根本理念に反するものであり、刑事事件における裁判員制度の導入に象徴される国民の司法への参加制度を推進する観点とも相反する立場であり、批判を免れないであろう。技術裁判官の可否はさておくにしても、独立した知財高裁の創立をまず実現しなければならない。
(8)反対論のもう一つに地方の国民の裁判の受け易さを害うというものがある。しかし、これも専門性欠如のため適切かつ迅速な知財裁判を地方の各高裁では受けることができないという現状に鑑みれば、知財高裁によって、少なくとも適切な裁判を受けられるようになることは、大きな前進である。地方の当事者のアクセスの利便性は、知財高裁での思い切った電子化ITシステム、TV電話会議方式の導入と、必要に応じての巡回法廷システムの採用によって、大きく緩和される。従って、この点は本質的な欠点とは認められない。
 現にかなりの事件数を扱う大阪高裁でも、知財専門部がなく(集中部と称している)、このような現状に鑑み日本弁理士会近畿支部杉本勝徳支部長は、独立した知財高裁の設立を要望している。より高度な知財・技術の知識を有する知財専門裁判官によって勝負両当事者に納得できる判決を出せる裁判を期待してのことである。
(9)以上のとおり、独立した権限を有する知的財産高等裁判所の創設こそ現状を打開する唯一の方策である。
2.侵害訴訟での争点と審判・審決取消訴訟での
  争点の共通性
  ―裁判官と代理人に必要な資質―
(1)キルビー事件最高裁判決により明らかな無効理由がある場合には、権利乱用として権利行使が認められないことが宣明された。それ以来、侵害訴訟において、権利の有効性が争点とされ、実際にこれに関する判断を侵害裁判で行うことが定着している。
 即ち、権利(以下特許で代表する)の有効・無効性が侵害訴訟を扱う第一審(地方裁判所)及び、控訴審(高等裁判所)において争点となっている。裁判の場で、有効性を争うということは、少なくとも裁判官は、有効性の本来の審理フォラムたる特許庁審判官に匹敵する技術的素養を有することが期待されて然るべきである。代理人についても同じことが言える。即ち、侵害訴訟代理人は、審判の代理人(弁理士)と同等の専門的知識を有することが期待される。
 権利の有効性は、侵害成立の前提である。明らかに無効な権利には、権利行使は認められない。しかし、無効が「明らか」か否かの判断は、高度に技術的でありかつ特許法的に専門性の高い判断力を必要とする。
(2)ボールスプライン事件最高裁判決は、侵害事件の争点として、均等の判断に際し、容易性の判断を不可欠のものにした。容易性の判断は2つの面から必要である。一つは、特許請求の範囲の記載事項から容易か(均等成立)、もう一つは公知技術から容易か(均等否認)である。この容易性の判断は、当該技術の専門家(当業者)の技術レベルで行うべきものであり、熟練なしにはなし得ないものである。
(3)このように、今や特許侵害訴訟の判断には、高度の技術的専門性が第一審から求められている。そして、第一審判決の当否を裁判する高等裁判所の裁判官には、第一審よりもより高度の専門性を有する裁判官による知財高裁の創設は、特許等侵害事件の性質からも、一層強く求められている。
(4)特許の対世的無効は、特許庁の審判によって決せられる。この点に、誰しも異論はない。これは、専門性の高い特許庁審判官に裁判の第一審相当の判断を委ねる趣旨である。その審決に対する不服たる審決取消訴訟は、東京高裁の専属管轄である.
 この不服申し立て制度の趣旨から見ても、知財を扱う高等裁判所には、本来高度な専門性が当然期待されている。
(5)裁判官の専門性に加うるに、代理人の専門性も求められている。
 キルビー最高裁判決以来第一審地方裁判所では、侵害訴訟で有効性を争っている。その代理人は弁護士であり、弁理士は補佐人である。能力担保研修の修了試験合格者(付記弁理士)でも、弁護士と共同して代理人たりうるにすぎない。
 一方で、無効審判が同時に特許庁に提起されその審決に不服の時は、東京高裁(将来は知財高裁)へ出訴される。そこで、弁理士は、単独で代理人たりうる。
 いずれの手続においても、高度な専門性に裏付けられた代理人が必要であることは言うまでもない。
3.弁理士の代理資格の制度的矛盾と克服の途
(1)今、同じ特許をめぐり侵害事件判決の控訴審と審決取消訴訟が同時に東京高裁に係属しているとする。弁理士は前者では補佐人、後者では代理人である。同じ裁判所での同じ争点をめぐる訴訟において、である。この矛盾は、弁護士との共同での代理制度(付記弁理士)によっても解消されない。
 これはまさに世界のどの民訴法にも規定のない「共同の代理」という枠に弁理士を無理に押し込めた結果生じた、制度的矛盾である。
(2)その克服への途
 このような矛盾に満ちた制度は、弁理士の侵害訴訟代理を民訴法の代理の一般原則に則ったものにすることによって以外、解消されない。
(3)弁理士の研修機関の拡充常設化
 弁理士に望まれるのは、訴訟も含めた実務能力の一層の増進である。
 能力担保研修は、多くの第一線弁護士の協力により平成15年度は一応終了したが、次年度の研修計画は難航しているようである。
 受講者は現在、希望者の中から選抜された者に限られているが、いずれ能力担保研修は常設化し、全ての弁理士に門戸を開く必要がある。そのためには、独自の講師陣を備えた常設の研修機関が必要であろう。さらにその一部の基礎的科目を法科大学院や専門職大学院等の教育機関へ委託することも考える必要があろう。
 毎年の合格者が550人を超える時代になった。本来の弁理士業務についての実務能力の研修(明細書作成、審判、鑑定)をどう拡充するかも併せて考えなければ、ペーパー資格者の続出と言うことになりかねない。
 これらを総合して、弁理士の研修機関の拡充・常設化が国家的急務である。
4.知的財産戦略本部に望むこと
(1)専門調査会では、平成16年3月以降人材育成がテーマとなる。その中では弁理士の訴訟能力の一層の増進策を講ずることによって、弁理士の特定侵害訴訟代理の限定の解除の方向性を打ち出すことが望まれる。
(2)併せて、弁理士の実務能力の一層の向上を図るため、継続的・恒常的な研修制度・機関の創設が望まれる。
(3)更に、新たに参入する多数の新合格者のため、試験制度の改革への方向付けが望まれる。
 即ち、本来の知財権利化業務及び紛争処理の全体に亘って知的創造サイクルに一貫関与しうる実務能力を備えた弁理士を輩出し養成する一貫したシステムの出発点としての新たな試験制度の構築が望まれる。
5.弁理士の責務
 我々弁理士は、日本弁理士会と日本弁理士政治連盟に意見と力を結集して、この21世紀初頭に当面する重要な課題に一丸となって当たるべきことを、今一度自覚しなければならない。努力なくして成果なし、なせばなる何事も、の精神を今こそ発揮すべき時である。我が国の21世紀の柱たる知的財産立国の成否が、今一人一人の双肩にかかっている。
(完)



以上

この記事は弁政連フォーラム第131号(平成15年12月25日)に掲載したのものです。
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