PF-JPA

特許審査の民間開放論について
−審査促進の真に
 有効な方策は何か−
 

Kato Asamichi
日本弁理士政治連盟
筆頭副会長 加 藤 朝 道


1.プロローグ
 この度、第4回規制改革・民間開放推進会議の「中間とりまとめ−官製市場の民間開放による『民主導の経済社会の実現』−」(以下「中間とりまとめ」という。)が策定された。
 副題に示されるように、官製市場の民間開放で民主導の経済社会の実現に向かおうとしている情熱が強く感じられ、また、諸分野にわたる検討も浅からぬものがある。
 しかしながら、知的財産の分野、特に特許審査に関する限り、業務に対する理解の不十分さ故の競争原理への過大な期待が目立ち、妥当な結論となっていない。

2.中間とりまとめの概要(関連部分21-22頁)
 B登録等に係る業務
「イ 今後民間開放を推進するに当たっての考え方
 審査等の業務を含め、登録等に係る業務については、基本的にその事務・事業の中に政策判断が入り込む余地はないことから民間開放は可能であると考えられる。むしろ、登録等業務は、利便性の向上、迅速な処理、安価なサービス提供等が求められている事務・事業であることから、可能な限り民間開放により競争原理を導入することが必要である。特に、特許については、現在既に数十万に及び審査待ち案件(いわゆる「滞貨」)が積み上がっており、審査官の増員といった従来型システム内部での対応では到底処理できない事態が生じていることから、「知財立国」の実現のためにも、特許登録事務の大幅な民間開放が望まれる。」
「ウ 検討事項例
 自動車保管場所証明手続、登記事務、公証事務、著作権に係る登録、品種登録、農薬の登録、肥料の銘柄登録、工業所有権の登録、鉱業権登録、租鉱権登録、自動車登録、測量業の登録、電気工事士免状交付 等」

 上記のとおり、「工業所有権の登録」(審査も含めて)は、自動車等の登録業務と同列におかれている。これは、明らかに特許の審査に関する無理解に起因している。

3.「特許審査」とは何か
(1)広義の「特許審査」
 広義の「特許審査」には、大きく分けて、a.先行技術調査と、b.特許性の審査(主として発明の成立性・新規性・進歩性(発明の容易性)・公序艮俗違反・公衆衛生阻害要因の存否など)とが含まれる。そして、この意味の「特許審査」は、出願人などが行なう審査請求があった事件に限って特許庁の審査官によって行なわれる。
(2)マニュアル化できた分野−民間開放分野
 広義の「特許審査」のうちa.の先行技術調査は、サーチ対象文献がデータベース化され、国際分類によって細かく分類され、キーワード(Fターム)も広汎に付されており、それを基本に検索手法が確立されているので、いわゆるマニュアル化が進んでおり、この分野は民間開放が既に行なわれている。
(3)マニュアル化できない分野−官が行なうべき分野
 広義の「特許審査」のうちb.の特許性の審査は狭義の「特許審査」であるが、これには、知的財産国家戦略なる「政策」が大きく関係する。例えば、医療技術や遺伝子操作、コンピュータプログラムやビジネスモデルの発明など、どこまで特許で保護すべきかは、国の基本政策に関連する重要な判断を含んでいる。
 さらに、特許審査には技術及び特許法、パリ条約・特許協力条約PCT等の国際条約などの専門的学識と経験に裏打ちされた高度の判断力が要求される。
 また、各審査官は特許庁長官の命を受けて公平な独立官として審査を行い、必要に応じ出願人(代理人)と面接を行うと共に特許すべきか否か、決定(査定)を行う。即ち、独占排他力を有する特許権の成立(形成)を図るという公権力の行使の性格を強く有する。
 すなわち、(i)発明の成立性や新規性の判断(例えば従来公知の物質を薬剤として開発した場合に、わが国では新規性のある発明として保護するのが国益に叶うのか?)ですら、官の立場で判断しなければならず、(ii)ましてや進歩性の判断に至っては、わが国の技術レベルを含めた国益配慮の官としての姿勢が必要である。
 そして、(iii)抽象的規範である「公序良俗」違反や「公衆衛生」を害する発明の判断を民間に任せてよいのだろうか?
 これらは、何れもある程度の基準(審査基準)はできているが、まさに高度の判断力を必要としその先のマニュアル化が困難な分野である。同時に高度の公平性、客観性及び守秘義務が要求される。
 したがって、狭義の「特許審査」である特許性の審査は、本質上民間開放にはなじまない。「中間とりまとめ」には、この狭義の「特許審査」をも、「登録等に係る業務(登録のための審査等を含む。)」として自動車登録などと同じレベルのものと概括的に捉えているところに誤りがある。

4.問題の所在
(1)一律政府機関のリストラ要求

 いわゆる「特許審査」か民間開放議論のテーマとなった契機は、一律政府機関のリストラ要求にあると思料する。
 しかし、この一律政府機関のリストラ要求は、そもそも国家政策と矛盾する。国家予算は国家戦略にしたがって、メリハリのある配分がなされるべきである。知的財産戦略が国家戦略たる所以は、まさにこれが日本の将来の浮沈にかかる問題だからである。
 知的財産国家戦略は、現政権が打ち出した重要な経済政策である。それは、冷戦時代の国防政策は軍事力中心であり、これをハードウエアとすれば、物と資本が国境なく自由に流通するWTO時代における我が国の産業の国際競争力の知財戦略による確保はソフトウエアとして位置づけできよう。
 決して一律政府機関のリストラ要求の対象になってはならない分野である。
(2)膨大な審査滞貨の対策
 いわゆる特許審査迅速化法(平成16年改正特許法)は、現在の審査滞貨の一掃を主たる目的としている。毎年100人ずつ5年間期限付審査官の採用を行うことを骨子としているが、その目的が達成されるのは14年後であるという。これだけで果たして本当に有効であるか、なお難問山積である。審査請求期間の短縮による審査滞貨の一時的ピークの解消がぜいぜいの所との見方もある。ここに競争原理に基づく「民活」導入論が出てきた背景的問題があろう。
 しかし、競争原理を旨とする一般的な「民活」導入がこの分野になじまないことは前述した。この点について前例にとらわれることなく、知恵を出し合うことが必要である。

5.国際的視点
(1)特許庁の国際法上の位置付け

 特許庁は条約上の義務によって設置されていることを忘れてはならない。
 パリ条約12条1項は、「各同盟国は、工業所有権に関する特別の部署...を設置することを約束する。」と規定する。この「特別の部署」とは、特許庁や知的財産権庁のことである。
 歴史的沿革を見ると、パリ条約加盟(明治32年7月15日発効)と特許法の施行(明治32年7月1日)は、日本の治外法権解消のための条件としての国際公約によるものであった。パリ条約の加盟国は、内外人平等に発明等の工業所有権を保護する責務を負う(パリ条約2条)。そのため当時、高橋是清の尽力により多大の費用にも拘わらず特許局が設置され、我が国は欧米先進国に互して審査主義を原則とした。
 特許審査の権威と効率の確保は、国際的に国が負う条約上の義務である。パリ条約、PCT、WTO、TRIPS等全てにからむ。条約遵守は、憲法上の義務でもある「日本が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」(憲法98条2項)
 以上のとおり、特許審査の民間開放は、我が国が明治32年来100余年にわたって築いてきた国際的地歩を一挙に崩壊させる恐れがある。
(2)中国その他のアジア諸国への影響
 WTO自由貿易体制中で知財立国は、日本国内だけでなく、これらの国で、国際的に知財権保護の制度的確立を促すことが、我が国の国家戦略である。この意味から、我が国は特許の審査の権威の向上、効率化の策は一層推進しなければならない立場にある。そのような時期にあって、審査の民間開放は、これと全く逆行する方策であり、我が国がとるべき策ではない。
 現在世界に伍して発展している国で、権威ある特許の保護制度をとっていない国はない。欧州では1978年欧州特許条約(EPC)の下に欧州特許庁(EPO)という広域特許庁を樹立し、現在加盟国は25にも達しますます発展している。
 日本がアジアの中核特許庁として、或いは知的財産権庁として、その指導的地位をさらに発展させると共に、近い将来アジアの広域特許制度創設の基盤作りに努めること、これが、我が国の特許庁が知財国家戦略の中で課された役割である。
(3)日米欧三極特許庁の協力関係への影響
 (i) 特許審査は各国の主権の問題
 各国の責任で行っている各国特許庁審査官による審査の結果について、他の国から見れば、そのまま採用されえないのが現状である。特許の審査・登録とは独占排他権の付与という一国の経済に重大な影響を及ぼすものであり、即各国の主権がからむ重要問題だからである。特許審査が日本で民間開放となった場合、国際レベルから見て全く問題外のものとされることは、当然の成り行きでなかろうか。これは、審査レベルの国際調和の動きにも反するものとなろう。
 それどころか各国特許庁がなした国際調査報告すら、互いに完全には信頼されていないことは我々弁理士が日常的に経験している。例えば、PCT国際出願で日本特許庁が国際調査機関として行った国際調査報告に基づいて、米国、EPOでPCTの国内手続をとる場合、米、欧いずれも独自に追加サーチを行うことを原則としている。
 調査結果や審査結果の相互利用の協力態勢が三極間で進みつつはあるが、それはあくまで、情報交換のレベルのことである。
 (ii) 審査結果の相互承認と世界特許について
 三極間での審査結果の相互承認に至っては、現状ではなお多大の国際的難関がある。実体法の調和が前提であるが、米国では実体法そのものが基本的に異なるので、実体法の調和すら近い将来に実現する見込みは、極めて低いと言っても過言ではない。なお、世界特許は、さらにそのまた先の話であろう。特に、米国での先発明主義は根強く、それを除外しても、米国特許法の実体的条項と内容・運用は、日本、欧州とは全く異なる点が多々ある。例えば、特許の対象たる発明の範囲は極めて広く、厳格なベストモード開示義務や情報開示義務があり、また最近やっと導入された出願公開制度にしても、純米国内出願は除外されている。パリ条約の優先権の効果やPCTの国際出願日の効果についても、優先日をもっての後願排除力は認められていないなど、基本的な所で食い違いが目立つ。また欧州では、グレースピリオド(新規性猶予期間)を認めていない。
 さらに、米国では、発明の保護は憲法に法源があり、合衆国の開国以来の国是であると共に、ヤングレポートに始まるプロパテント政策は、米国産業の国際競争力の原動力と位置付けられている。即ち、知財政策は、米国では、国益追求の基本的手段である。そのようにして発展して来た歴史的背景を有する米国特許制度が、簡単に変わりうると考えるのは非現実的ですらあり注意が必要である。
 また米国では大統領選挙で常にゆりもどしの可能性がある。共和党政権の下で進められて来たハーモ条約交渉の、クリントン大統領登場による脱退宣言を想起されたい。日米包括構造協議では、特許審査の遅れ、保護の弱さ、特許裁判の不備まで知財制度の欠点を市場参入障壁として強硬に改善を要求されたが、つい10年ほど前のことである。日本の特許政策は、こういった対米関係の歴史的現実も踏まえて長期的視点で構築すべきであるが、審査の民間開放はその一貫性も喪失させるおそれがある。
(4)米国の「小さな政府」とプロパテント政策の関係
 米国では「小さな政府」が全般的には推進される一方で、特許庁の審査態勢については、出願からfirst action6ヶ月、審査完了12ヶ月の目標を確保するため審査官の大幅増員が行われてきた(現在約3,200名)。
 これは国策としてプロパテント政策を戦略的に重視して来たことの現れである。これは、米国が、まさに特許を中心とする知的財産の保護の国策的強化が、米国の国際競争力の回復の源泉であることを、正しく認識した結果である。
 我が国の知財戦略は、2002年にスタートしたばかりである。この段階で、審査の民間開放などという、責任と権威の不確かな制度を導入することは、我が国の知財立国を形骸化するであろう。

6.審査促進の真に有効な方策の提言
(1)弁理士制度は在野知財の中心−その審査迅速化への活用

 特許庁の審査官・審判官たる在庁専門家(官)に対して、出願人(国民)を代表して、知財の創造・権利化(保護)・(紛争も含めた)活用に一貫関与してきたのは弁理士であり、100年以上の歴史を誇る在野知財の中心的専門家である。そして、現在年々500人を越す新弁理士が続々と誕生しているという現実がある。この一大人的資源を審査促進にも有効活用しないのは国家的損失である。
(2)知財人材一元化の推進による人的資源の流動化
 弁理士の資格で無条件で審査官補、任期付き審査官、あるいは「委嘱審査官」(仮称)となれる制度を構築する。
 特許庁において5年以上審査又は審判に従事すると、弁理士試験が免除される(弁理士法11条2号)。この規定とのバランスを考えれば弁理士には当然審査官になる資格を与えても、何ら問題はない。
 これは、自らの発意と費用で研鑽を行い弁理士試験という国家試験で資質を担保され、知財専門家としての職業倫理を備えた者が特許審査に携わる制度となる。このように様々の技術経験を有する新しい人材を導入することにより即戦力としても期待でき審査官としての養成期間の短縮、庁内の一層の活性化にも資する。
(3)弁理士の知見の審査への活用策
 弁理士は、特許出願代理をするときに、先行技術の調査をし、その結果に基づいて特許請求の範囲の記載内容を策定する。したがって、公知技術と本発明との異同について熟知している。ある程度高いレベルでの特許性の判断を日常的に行っている。これを審査に有効利用する方策を考えるべきである。
 一方で、審査官は、出願審査請求のあった発明について先行技術を調査(一部は指定調査機関に委託)し、その結果に基づいて公知技術と本件発明との異同及び進歩性(特許性判断の中心的作業)を審査する。
 このように、弁理士の当該発明に対する特許性判断作業と、審査官の特許性判断作業は、相当範囲で重複しているので、この弁理士の当該発明に対する知見を審査に応用することは、審査の迅速化に大いに貢献するものと考えられる。
(4)調査報告の事前報告制度の導入−調査請求と審査請求の分離
 現在、審査請求を待って調査が行われると共に調査結果は出願人に知らされないままに審査が行われ(しかもその間長い年月待たされ)突然拒絶理由通知を受け取ることが一般的である。そして、その後ようやく出願人は、応答を行って特許請求の範囲の補正と意見書を提出する。審査官は、出願人の応答を検討の上、再度審査を行い査定(特許又は拒絶)を行う。
 調査報告が審査請求するより十分前に出されれば、出願人は見込みのない出願は審査請求せず、見込みのあるもののみ審査請求する。また審査請求に際し必要に応じ、特許を取れるよう予め補正を行い、さらに近い公知技術について、後述の「見解書」を提出する。審査官はそれを見て最終的に判断する。これによって無用な審査請求件数を減少させることができると共に、審査を重要案件に集中できるメリットがあろう。
(5)弁理士の「見解書」の活用
 審査請求する際に、弁理士の先行技術調査結果と出願にかかる発明との構成上の異同判断、作用効果上での異同判断を述べた「審査請求に際する見解書」(仮称)を出す。その「審査請求に際する見解書」の内容を検討し、問題がなければ審査の手間は大幅に削減する。
(6)審査ピークの解消策
 審査請求期間の延長ないし審査の繰り延べ請求(有料でも可)の制度を導入する。これは、場合により3年移行ピーク時の時限的のものであってもよい。基礎的技術や特定技術分野(重厚長大産業、エネルギーや核融合等の巨大科学など)では、3年内に実用化の目途がたたないものも多くある。
 こういった形で少しでも審査の負担を減らす方策の積み重ねが必要である。それにより、早期審査が必要な案件に限られた人的資源を集中できるようにすることが肝要である。

7.まとめ
 民間開放論は、確かに行きすぎた面があるが、特許審査の効率化・迅速化のための方策は、なお、その根底から見直さなければならないだろう。そのためには、何と言っても人的資源の涵養と有効な活用、ここにキーポイントがあるのではないか。それと共に、審査促進のネックは何か、出願人、代理人と審査官、さらに調査機関等のトータルでのワーク・シェアリングを考慮して、最も効率的な審査業務のあり方についてチェックし提言するオンブズマン的機能の確立も一つの課題となろう。
 本当に実務を理解した弁理士等実務専門家の声をもっと深く反映させる仕組みが望まれよう。民間開放論をきっかけとして、再度審査促進の問題が国の知財戦略全般の問題として検討されることを希望する。
(以上)

この記事は弁政連フォーラム第141号(平成16年8月25日)に掲載したのものです。
Copyright &;copy 2000 Political Federation of JPA, All rights reserved.
日本弁理士政治連盟 〒100-0013 東京都千代田区霞が関3-4-2,弁理士会館内
E-mail: info@benseiren.gr.jp
Tel: 03-3581-1917 Fax: 03-3581-1890
更新日: