PF-JPA


《歴史を振り返る》
民主党
『はばたけ 知的冒険者たち』
〜知的財産権についての21世紀戦略〜



  

furuya.fumio
日本弁理士政治連盟
会長 古 谷 史 旺

私ども日本弁理士会もヒヤリングに協力して、約1年弱を費やして完成された2000年9月に公表の民主党『はばたけ 知的冒険者たち』は、最終ページに紹介があるように、座長を前参議院議員の簗瀬進氏が務められ、多くの衆議院議員、参議院議員が参画して作られました。
これが引き金になり、政府与党であった自由民主党も知的財産を国家戦略と位置づけ、時の小泉内閣は産業復興の足がかりにしました。
 
簗瀬進前議員が来訪(9月11日)、古谷弁政連会長と会談
  いま、景気が低迷し、「知的財産推進計画」も色あせて、嘗ての勢いを失いつつあります。
そのような時だからこそ、原点に立ち戻って見つめ直すことが必要でありましょう。
紙面の都合からダイジェスト版で恐縮ですが、ご一読いただければ幸いです。
なお、(注釈)の赤字は、事実関係を調べ、私が付け加えました。



【抜 粋】
「はばたけ 知的冒険者たち」
知的財産権についての21世紀戦略(民主党IP戦略)」
〔知的財産権戦略PT〕
 
 3.知的財産権戦略の提案

1) 知的財産権の国家戦略を


21世紀の産業のカギを握るコンピューターの心臓部の高度集積回路(超LSI)、医療分野に決定的な影響をもたらす遺伝子工学関係、さらにグローバル経済や電子商取引の中心に位置される金融ビジネス特許の三つの重要な分野について、日本はかなり米国に水をあけられているのが現状である。
しかし、まだ遅くはない。日本の集中豪雨的な輸出攻勢にあって国内製造業の崩壊の悪夢を描いた米国が、1980年代からプロパテント政策に果敢に挑戦していったように、わが国も統合的かつ網羅的な戦略を立てて新たな挑戦を始めるべきである。 そして、その際のポイントは、特許権と著作権の割拠主義を排した、知的財産権の総合戦略をたて、それを国家戦略の基本に位置付けると言うことでなければならない。

(注釈)
第154回 国会における小泉内閣総理大臣の施政方針演説(2002/2/4)の中で、知的財産を「国家戦略」と明確に位置づけた。
そして、2002年1月25日付で、内閣総理大臣直轄の「知的財産戦略会議」を立ち上げた。


2) なぜ知財か? ― 特許・著作の統合化の必要性―

(注釈)紙面の都合から割愛。   

3) 知財戦略のアウトライン

さて統合的な知的財産権戦略は、知的財産権の創造、権利取得、権利行使、権利活用のいわゆる知財創造サイクルと、各プロセスに共通する法体系整備、知財インフラ整備、国際的なルール作りの観点から構想すべきである。
 1 法体系の整備

1) 知的財産権を憲法に規定せよ。


21世紀の経済活動の中心に知的財産権を位置付けるためにもっとも必要なことは、国民ひとりひとりに知的財産権の重要性を強く認識してもらうこと、そして社会全体に知的冒険に挑む気風を満ち溢れさせることが大切である。冒頭に触れた通り、米国憲法1条8項8号は、著述及び発明についての保護をうたっている。このことが、米国における知的創造活動に常に追い風をふかせてきたことは言うまでもない。現在わが国においても憲法調査会において憲法についてのさまざまな論議が活発化している。この際、知的財産権について憲法上に明確な規定を置き、国民のひとりひとりが知的創造活動にまい進できるような環境をつくり出すべきである。
(参考) 米国憲法1条8項8号
「議会は、著作者および発明者に対して、一定期間それぞれの著述及び発明について排他的権利を保障することにより、科学及び有用な技術の進歩の促進を図る権限を有する。」

(注釈)
“知的財産権を憲法に明記せよ、”は、日本弁理士政治連盟の森哲也会長時代から繰り返し主張して来たことであるが、先ずは民主党が採り上げ、次いで自民党も「憲法改正草案」に採り入れるに至った。
 2) 知財基本法の制定─著作権、特許権などの知的財産権を統括する法体系の整備─

伝統的な著作権、特許権の概念は、コンピューターの出現と高度情報社会の誕生により双方を区別して論じることがかえって実態に合わなくなりつつある。
特にわが国は、映像、音声等のアプリケーションの分野では強みを持ち、アニメーションやゲームソフトなど、マルチメディア時代のコンテンツの分野では世界をリードしてきた。しかし、著作権=文化庁、特許権=特許庁といった「たてわり行政」のしがらみにとらわれ、権利の創造あるいは権利保護の側面では、万全の体制になっていなかった。
米国は、1998年10月に著作権法の改正を行い、コンテンツのコピー防止技術を迂回することを禁止する規定等の新たな立法を行い、わが国もこれにならって今年著作権法を改正したが、これらの新たな動きも含めて、知的創造活動がさらに活発に行われるようにするため、知的財産権全体を統括できるような法体系の整備に取り組むべきである。
(参考)
日本における知的財産権のカタログ =著作権、工業所有権(特許権、実用新案権、意匠権、商標権)、半導体回路パターン、不正競争防止法のトレードシークレット。
米国の知的財産権のカタログ =著作権、特許権、トレードマーク(商標)、半導体回路パターン、トレードシークレット

(注釈)
知的財産基本法は、2002.12.4(平成14年)に制定された。


3)特許概念の拡大(特許法2条の改正)

日本において発明とは、特許法2条において「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なもの」と定義されている。このため、従来は、特許は、「新規性」「進歩性」「産業上の利用(有用性)」を満たして成立すると考えられてきた。このため原則として、製品や技術は発明の対象になるが、サービスは対象にならないと解釈されてきた。
しかし、アメリカの特許法の特許概念は、日本のそれとはかなり様相を異にしている。 「新規かつ有用な方法」も「新規かつ有用な発見」も特許の対象にしているのが米国特許法101条である。
このような背景の中で、アメリカはインターネットなどの情報処理システムを使ったアイデアに、新規性や進歩性を認められれば、特許を認める方向になってきた。モノのみならず、インターネットを使ったサービスにも特許を認めるようになっている。その代表が先に紹介した金融ビジネス特許である。
この分野でわが国が著しい遅れをとっていることは前記の通りである。なぜ遅れたか。 その理由は、複数ある。例えば護送船団方式に甘やかされた金融機関に、新商品の開発意欲が生じなかったことも大きな理由であろう。しかし、それだけではない。わが国の特許法2条の存在である。同条は、特許の定義を、自然法則を利用した技術的創作であるとしていた。すなわち日本の特許は、技術を駆使した工学部的な製品と一般的に考えられてきたことも、研究開発を遅らせた大きな原因と思われる。
しかし、これを放置するわけにはいかない。なぜなら、わが国の金融機関は莫大なロイヤルティー(=特許使用料)を米国等の特許権者に払うことになるなど、国境を越えた電子商取引が一般化する国際化時代にあって甚大な損失をこうむることになるからである。
そこで、この特許法2条の考え方を改めて、「サービス等の方法」や「新規かつ有用な発見」も特許の対象にするよう特許概念を抜本的に改革すべきである。
なおその際、国際協調を前提とした我が国特許戦略上、諸外国との連携や共同研究などを行い、統一した定義の確立に努めるべきである。
(参考) 特許概念の日米比較
日本 特許法2条1項
「この法律で発明とは、自然法則を利用した技術的思想のうち高度のものを言う」
米国 特許法100条
「本法において (a) 「発明」とは発明及び発見を言う。
(b) 「方法」とは方法、技術、メソッド、既知の方法、機械、製品、組成物 または材料の新
しい用途を含む。
同法101条
「新規かつ有用な方法、機械、製品、組成物、またはそれらについての新規かつ有用な改良を 発明または発見した者は、本法の定める条件及び要求にしたがって、それに対して特許を 受けることができる。」

(注釈)
発明の定義を広い概念に変更することは、知的財産権の強化の面からも行うべき事項である。


2 知的財産権に関するインフラ整備
知の時代にふさわしい行政や司法、あるいは産業界のインフラが、まだまだ不十分である。早急に整備すべきである。

1 行政インフラの整備

1) 知財戦略会議の設置─官官─の壁をとりはらえ


知的財産権に関するたて割り行政を改めねばならない。工業所有権と著作権の背後にある通産、文部の伝統的な対立から始まって、大蔵省対通産省、郵政省対通産省等々縦割りの弊害は今も続いている。知的創造サイクルに関連する各行政分野を統合的に指導、調整できる体制をつくるべきである。そのための横断的な常設機関として「知的財産権戦略会議」を内閣に設置する。
議長は内閣総理大臣とし、知的財産権に関連するすべての省庁の大臣を委員とする。さらに、委員には、官庁だけでなく、科学技術に明るい民間の有識者等も委員に登用する。
その役割は、 世界の産業情勢・科学技術情報等について調査・検証し、知的財産権の創造・権利化・活用化の全サイクルにわたって、基本戦略を策定し、その実施状況について指導監督する。さらに、知的財産権に関する行政を一元的に統括するとともに、著作権、特許権等の個別知的財産権についての統合的な戦略決定を行う。

(注釈)
2002年7月、知的財産政策の基本方針である「知的財産戦略大綱」を決定。

2) 知財補佐官制度の創設

わが国における知的財産権の現況を常にチエックしながら、適宜必要なアピールをするのを基本的な任務とする。国内的には、国民に対する知的創造についての積極的な動機付けを行い、海外に対してはわが国の知的創造活動についての迅速かつ適切なアナウンスをする。(※)
(※)カミオカンデのアピールは、クリントンに先を越された。 岐阜県の富山県境に近い神岡町に東京大学の宇宙線研究所「カミオカンデ」がある。 そこで、一昨年ニュートリノの存在についての、世界初の実証例とも言いうる観測が行われた。しかし、それを世界で一番早くアピールした政治家は、クリントン大統領であった。彼は、発見直後に、マサチューセッツ工科大学の卒業式で、この発見に言及。日本のどの政治家よりも早かった。知的創造のエネルギーを高めるためには、このようなアナウンスによる動機付けが絶対に必要である。

3) 知財庁の設置と強化

知財戦略会議の下に、知的財産権を全般的に管轄する知的財産権庁(知財庁)を置き、文化庁、特許庁、農水省、厚生省等にまたがる知的財産関係のすべての行政機関を整理統合する。
また、 現在行政改革の流れの中にあって、特許庁は数少ない例外として人員の拡大を図っているが、それでもなお米国の特許商標庁に比べるとその人員の少なさは明らかである。今後の産業競争力の維持・強化における知的財産権の重要性を考えれば、政府部内の人員配置の転換を進めることにより(例えば国立研究機関等から特許庁への移管)を大幅に進めることにより、従来のスピードを超えた人員の拡大が必要。さらにこの人員の拡大を重要戦略分野(情報通信・バイオ・金融工学等)に重点的に配置し、この分野における審査期間を大幅に短縮する(3〜6ヶ月程度を目標)。
また、グローバリゼーションに対応した体制作りにも早急に取り組むべきである。例えば英文での申請も、例外的に認めるのではなく、原則的に認めてしかるべきである。

(注釈)
「知的財産権庁」又は「知的財産権省」構想は、日本弁理士政治連盟も強く主張して来たことである。


4)民間人の積極的な採用を。

官の人材供給源を、広く民間にも求めるべきである。民間の専門家を、もっと柔軟に官側で利用しうる人事制度を作るべきである。
例えば、金融ビジネス特許の審査体制を考えてみると、いままで申請例が極端に少なかったので、特許庁の審査官の中に金融や経済の専門家はほとんどいなかった。現在、つけ刃的に民間の研究機関に派遣・研修中のようだが、これではどうしても後手に回ってしまう。 アメリカでは、専門家を役所が簡単に雇えるような体制にある。
アメリカでビジネス特許を審査するのに約2年かかっているが、これもビジネススクール卒、ビジネス的なバックグラウンドをもっていてなおかつビジネススクール卒の人間を何十人と雇いいれた結果である。日本の行政においてももっと柔軟な人事体制にすべきである。

(注釈)
任期付き審査官の採用 2004年(平成16年)度から。特許審査の迅速化のため。

5) 情報通信分野の責任官庁の一本化を。

超最先端半導体技術に支えられ、グローバルネットワーク時代を創出する情報通信分野は我が国の生命線であると同時に、知的財産権の創造サイクルの重要なインフラである。
しかし、通産省と郵政省に分断されている現状は、2001年の省庁統合後もそのままである。これでは知財創造の基本的なインフラとしては弱体である。情報通信分野の責任官庁の一本化が絶対に必要である。

2 司法的インフラ整備

1)裁判所の改革

(1) 紛争処理のスピードアップ


知的財産訴訟については、日本国内で訴訟を起こしたとしても、判決がでるまで相当の期間がかかり、また認められる損害賠償額も少額にとまっているのが現状であり、訴訟の空洞化が生じている。裁判を起こす場合、日本で裁判を行うより、米国で裁判を起こす方が迅速に裁判が行われ、かつ適切な保護がなされている。例えば、日本の企業が、韓国メーカーや台湾メーカーに対し、米国特許によって米国で訴訟を起こす場合もある。特許法や民事訴訟法等の法制度を改正し、訴訟制度を見直しているが、まだ十分ではないと考える。

(2) 知財専門裁判所の設置
日本もプロパテント政策が実施され、今後知的財産訴訟(特に、特許訴訟)が増加することが予想され、また知的財産訴訟にかかわる特許権の技術内容は、高度化かつ複雑化している。知的財産に係る裁判の迅速化・専門性の確保に対しては、知的財産専門部の拡充(東京地裁、東京高裁)や、所定の事項に関する訴えについて当事者の選択により、東京地裁または大阪地裁の知的財産専門部での審理を選択できるという管轄の集中等で対応している。
アメリカのプロパテント政策が特許紛争を一元的に扱う控訴審裁判所を設置することを中核に置いたことに習って、技術的専門性の確保を図りつつ、速やかな紛争の解決を図るために、知的財産権の紛争を専門的に扱う、特許裁判所の設置が必要であると考える。 さらに、特許紛争にかかわる裁判官として、法律と技術に精通した技術裁判官の養成を検討する必要があると考える。

(注釈)
2005年(平成17年)4月1日に「知的財産高等裁判所」が設立された。


(3) 技術裁判官制度の検討

特許裁判にかかわる裁判官として、法律と技術に精通した技術裁判官制度の導入を検討すべきと考える。

(4) 特許紛争のセーフティネットを

特許係争の悪用に対するセーフティーネットを考えるべきである。
資金力の弱いベンチャー企業は、開発に集中的に投資し、そのため特許申請等の手続きを怠っているケースも良く見うけられる。このような場合、特許侵害訴訟を起こされただけで、かなり無理な技術の開発への投資をしてきた中小企業は参ってしまう。
例えば、特許権本体ではなく、特許をとる手続きに瑕疵があった等の枝葉末節の理由で提訴される。裁判期間中権利の果実はもちろん入ってこない。どんなにすばらしい技術を開発したとしても、提訴だけで即倒産の危機に陥る。また、これを悪用し不当な利益を得ようとするものも現われている。このような濫訴から起業家を守る制度の検討をすべきである。
たとえば、弁護士費用についての保険制度の創設、あるいはあらかじめ訴訟対策費の積み立てを認め、その受け皿として「訴訟準備金制度」を新設するなど。



2) 司法関連のリーガルサービス改革

(1) 「知財ワンストップサービス」の実現を。


知財の創造、権利化、企業化、のいずれの面をとっても弁護士、弁理士、税理士等々の資格者集団、さらには技術コンサルタント、経営コンサルタント、起債の場合の証券コンサルタントなどさまざまな職能を持った人材のバックアップが必要である。
しかし、日本の場合、それぞれが垣根を作り、総合化されていないため、いくつもの事務所をたらいまわしされるといった実情になっている。アメリカの場合だと、弁護士事務所の中には弁理士もいれば、公認会計士もいればみんなそろっている。したがって、一法律事務所に委ねれば、全部面倒みてくれる。スピードがもっとも重視されるパテントの世界で、この差は大きい。わが国も各士(さむらい)法を総合的に洗い直し、各事務所間の垣根を取り払って、総合的な集団化・企業化が可能なように法改正すべきである。

(2) 弁理士制度の改革

特許等高度の専門性を有する技術的裁判に限定して、弁理士にも訴訟代理人となる資格を与え、裁判等の迅速化をはかる必要がある。
特許に関する問題等の解決にあたる弁理士の増員をはかり、都市部のみならず地方においても、国民が、知的財産権に対する充分な保護が受けられるようにする。
また国際的な弁理士活動をなしうるかどうかを認定する資格制度や研修制度を創設する。

(注釈)
平成14年4月に「侵害訴訟代理権」に関する法律が成立した。また、平成20年に弁理士の登録前義務研修がスタートした。


3 産業的なインフラ整備

○ 工業用水よりも安い通信料金を。
知財インフラとして重要な意味を持つのは通信基盤である。IT革命の成果を多くの起業家があまねく享受できるよう、ユーザーが負担するトータルな通信コストは、工業用水の利用料金と匹敵する程度の安価なものにすべきである。現在でも、インターネットを利用する際の通信コストは、かなり安くなってきたが、 (プロバイダーへの料金)+(ISDN加入料)+(通話料)の三種類で、トータルすると安くても月7000円台である。アメリカが州によっても差があるが月3000円台であるから、もう一段の引き下げ努力が必要である。

3 国際的なルール作り

一般的に米国ルールが国際ルール化する傾向にあるが、ボーダーレス社会が到来し、激化する産業競争社会においては、早急に知的財産権に関する公正な国際的ルールを早期に確立し、安心して、技術の開発、使用を行えるようにする。またアジア諸国の特許制度の拡充を図る。

1)国際的特許体制の改革

1.WIPOを国際特許登録機関へと衣更えし、知的財産権における国際協調体制を強化する。
2.アジア諸国の特許制度の拡充を図るため、アジア特許センターを設け、その普及促進をはかる。
3.米国の強力な知的財産権戦略とバランスをとるため、アジア諸国およびEU諸国と更なる連携を深め、協力関係を構築する。

2)ハーモナイゼーション問題

世界各国の特許制度は必ずしも一致しているわけではない。特に、米国と他の諸国との間での乖離がはなはだしい。
例えばアメリカの特許制度は、「先発明主義」である。すなわち「先に発明した者」を保護するのが米国の制度。しかし、日本やヨーロッパをはじめ大勢は「先願主義」すなわち「先に出願した者」を保護する制度をとっている。
また、米国は、出願されたものはすべて審査し、特許を与えた出願のみを特許後公開することとしている(「特許後公開性」)。他方日本や欧州各国は早期公開・審査請求制度をとっている。すなわち出願から18ヶ月後には自動的に出願内容は公開され、また出願人の審査請求をまって特許権を与える。
このような、特に米国との間での制度の差から来る違いをいかに調和させるかが、ハーモナイゼーション問題である。昨年日本の審査請求期間の最長期を今までの7年間から5年に短縮する法改正をしたのも、わが国としてのハーモナイゼーション努力の一環であった。この問題については、パテントに関する国際論議の場においてさらに早急な調整そして合意をもとめて積極的に行動すべきである。

3) 新しい問題─特許除外─

特許に関連する新たな問題として、(1)遺伝子の地図のように、人類共通の利益に供すべきものについては、パテントの対象にしないほうが良いのではないか?、(2)「リナックス」に代表される、作者が独占的な利益を望まない知的財産について、既存のルールをそのまま適応してよいのか?といった新たな問題が起こっている。

(1)バイオ特許は「公開と競争」で。

遺伝子の地図のような、人類全員に共通する情報であって、各人の生命や健康に基本的な関連性を持つ情報については、独占的な排他性を認めるべきではない。もしこれに特許を認めるとなると、人類全体の医療活動の進展に甚大な害悪をもたらすからである。
そして、このような人類の共通した利益に密接な関係を有する事項については、特許除外とすべき国際的なルールを確立すべきである。
ヒトやイネ等の遺伝子構造についての特許のあり方について、わが国はより積極的にリーダーシップを取るべきである。なぜなら、筑波の農業生物資源研究所がイネゲノムについて積極的な公開策、言葉を変えれば非特許化策をとってきたという実績があるからである。
コンピューターを活用したシーケンス技術の急発展は、遺伝子構造の解明のスピードを猛烈な勢いで向上させた。イネゲノムについては、世界に先駆けて上記研究所が遺伝子地図の全容を解明したが、解明と同時に遺伝子地図の詳細を直ちにホームページで公開した。これは、この地図を自らの独占とはしない、全世界の研究者のために公開するとの積極的な意思表示でもあった。さらに、いち早く公開することで、この地図に特許をかけようともくろんでいた勢力の企図を打ち砕く先制攻撃の意味も持っていたのである。
昨年、慶応大学医学部分子生物学の清水信義教授チームと英米の2チームの共同研究により、これまた世界ではじめてヒトの22番染色体一本まるごとシーケンスの完了に成功し、22番の染色体構造の全貌を明らかにした。さらにこの共同研究チームは、このなかに545個の遺伝子を同定することにも成功した。慶応大学の清水チームはすでに、若年性パーキンソン病の原因遺伝子や、緑内障、自己免疫疾患、ダウン症関連の遺伝子を同定することに成功している。そしてこれらの研究成果はすべてインターネット上に公開され、 誰でもが研究成果を享受できるようにしている。
一方でこれらの遺伝子情報をいち早く確定し、それをもって特許の対象にしようとする米国のセレーラ社に代表されるような動きも急激に活発化してきた。
ヒトにしてもイネにしても、A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)という、たった4種類の塩基の並びで遺伝情報が伝達される。したがって遺伝子構造の解明は、まず第一段でこの4種類の塩基配列の確定をする(=これが遺伝子地図となる)、そして第2段で確定された遺伝子地図のどの場所にそれぞれの生命現象を引き起こす遺伝子があるかを同定する、といった2段階の解明が行われるのである。
これらのすべてに特許をかけられるとの考え方もありうる。しかし、この遺伝子地図に特許がかけられるとなると、生命科学の進歩は、巨額な資金を持った一握りの企業や個人にすべて支配されることになり、その進歩は止まってしまうであろう。このことについては、特許化を妨げるためにもいち早くインターネット上に公開した、筑波の生物資源研究所の対応を範とすべきである。すなわち、遺伝子地図は全人類共有の財産として、特許と言う独占の衣装をまとわせるべきではない。日本は、筑波という世界最初のゲノム地図を公開した国の誇りを背景に、遺伝子地図の公開、非特許化の提案を世界に対して行うべきである。今年2月、クリントン、ブレア、の英米のリーダーが同様のコメントを出していたが、この提案をすべき世界最初の実績を持っているのは、実はわが国であることを政府はしっかりと認識すべきであった。
ただし、遺伝子地図公開後、それをベースにして特定の現象(ヒトなら各種遺伝病理、イネなら耐熱性、耐寒性、耐塩性等々)を発現させる遺伝子の同定作業は、特許の対象にすべきである。まさに早い者勝ちの自由競争の中で、遺伝子の構造解明がさらに進んでいくからである。
このような第一段階での公開・協調、第2段階での自由競争、これをバイオ特許の基本ルールとすべきである。


(2)フリーソフトウエア問題

マイクロソフト社が米独禁法の判断で分割せよとの判断が示されたが、ウインドウズとよく対照されるOS「リナックス」。フィンランドの学生であったリーナス・トーバルズ氏がまず開発し、世界中のハッカーたちがボランテイアで開発・改良に参加しているが、リナックスは誰でも無制限にコピーすることを許している。このように、企業による独占を排し、公開・共有を旨としたソフトのことをフリーソフトウエアと呼んでいる。
このようなフリーソフトウエアを既存の特許のルールの中でどう位置付けるか、これについてもまだ確固とした国際ルールはできていない。
知的財産権の内容を分析すると、1処分権、2用益権、3妨害排除等の占有訴権等になろう。
1は売却したりして得る交換利益だが、これはリナックスはこれは放棄している。2は独占的に利用する権利だが、誰でもコピーして良いのだから、リナックスはこれも放棄している。3は、誰かの侵害行為に対し、それを排除する権利である。リナックスであっても、第三者が勝手に特許登録し、あらたな独占をすることはもちろん認めないであろう。こう考えると、第三者が不当な利得をしないよう、妨害排除の権利くらいは残しておく必要があろう。このようにフリーソフトウェアの問題とは、知的財産権の一部放棄の問題と理解できる。
このような場合に、高額の特許料を払って特許申請をしなければ妨害排除ができないとするのも公平ではない。特許申請がなくとも、排他的な妨害排除を認めるような国際ルールを検討すべきであろう。
いづれにしても(1)(2)といったいままでの特許の世界では考えられなかった問題がこれから続々と現われるだろう。そのためにも国際ルール作りの受け皿を作るべきだし、わが国としても積極的な貢献をすべきである。

(B) 知的創造サイクルの戦略オプション

1.知的財産を創造し、2.知的財産を特許登録して権利化し、そして 3.知的財産権を事業化したり流通させたりなどの権利としての活用、この3つのながれを総称して「知的創造サイクル」と言う。そしてこの3つの局面のそれぞれを強化して行くための戦略オプションを提案する。

1 知的財産権の創造プロセスにおける戦略

1 知的財産権の拡張に対する適切な保護の必要性


IT産業において、米国発の話題としてビジネス方法、あるいはビジネスモデルそのものに関する特許が次々と成立している。例えば、インターネット上で「逆オークション」という仲介サービスをするビジネス手法に関する特許「プライスライン特許」や書籍のインターネット販売に関する「アマゾン・ドット・コム特許」等が成立している。
しかしながら、ビジネス特許の取得・保護に関しては、米国が先行」している。ハードウェアの要素技術に関する特許に比べると、ビジネス特許は、もしこれが、ビジネスコンセプトである場合、代替案の選択肢は非常に少なく、困難になると考える。
このようなビジネス特許の内容を実施する必要がある場合、相当高価なロイヤルティの支払、最悪の場合には、そのようなビジネスの中止、撤退に迫られることになる。
従って、我が国においても、このような新しい技術分野の出現に対し、特許の保護がフレキシブル、かつスピ−ディであるべきである。そしてこのような新しい分野においては、どのような要件を満たせば特許になるかを示す審査基準、あるいはガイドラインを国際的に調和を図り、スピ−ディに明示する必要がある。

2 知的創造のマンパワー養成
1) 知的財産権に対する社会的理解の強化
最近の世界の特許を見ると、今まで特許としては認められていなかったもの、例えばビジネスモデルなどまで認めるようになっている。それに伴い、特許はもはや、一部の工学系技術者、発明者だけのものではなくなりつつある。そこで、特許に対する知識等、大学など教育機関において、誰でも習熟できるような環境整備を行う。

2)専門家集団の養成
ソフト面での知財インフラは、まずマンパワーの強化から考えるべきである。 知の時代にふさわしい多様で層の厚い専門家集団を作り出すような初頭教育から高等教育までの一貫した基本方針や学習指導要領を作成する。そして知的創造力の強化をわが国の国是とした総合的政策を立てるべきである。知の時代をサポートする知的な作業ができる人材の供給をしっかりと考える。

3)大学を知財創造の拠点にせよ。

(1) ―学学― の壁をとりはらえ

また学をとっても、国立対国立や国立対私立の対立はもちろんのこと、ひとつの大学の内部であっても学者どうしの連携が困難となっている。一講座、一教授の原則は、膨大な研究スタッフを必要とする先端科学の研究をやりづらくしているのは間違いない。これでは大学は強い研究拠点にはなり得ない。大学内部はもちろんのこと、複数の大学に所属する学者の連携が可能な制度を考えるべきである。
例えば、学生への講義はネットワークを介した相互乗り入れで行うこととし、一教科当たり、全国で数人の先生を指名して、各大学はそれぞれの判断で、どの先生の講義を採用するか決定する。このような制度を実現すれば、自動的に大学に競争原理が導入され、講義内容も充実する。さらに、将来、この講義のネットワークを世界に拡げ、世界中の大学ネットワークを作り、各国の大学の誰の講義でも聞けるようにする。

(2) 国立大学における知的財産権の取得促進

現在国立大学が民間から受託して行う研究において、受託研究費の約2割が 国庫(国立学校特別会計)に納められている(その他は受託大学)。これを全額受託大学が受け入れることとし、国立大学が積極的に民間からの受託研究に取組む環境を整える。また、国立大学の教官が国から研究費・補助金を受けて発明した国有特許料収入についても現行の半額を教官の所属する大学に配分するシステムを改め、大学に特許料を全て配分し、その一部を教官にも配分するシステムとする(この場合、知的財産権そのものは国に残し、特許料の収受権だけ大学・教官に所属するシステムでも良いのではないか)。

(3) 大学、国立研究機関への研究開発投資は無税とする。

(4) 産学提携の強化

大学の設備や頭脳をフルに活用し、民間の資金を導入して、すぐれた技術や方法の発見・開発に努める。そのため、障壁となる制度を総見直しする。

(5) TLO制度の拡充

大学が知的財産権を創造するにあたって、TLOの存在は非常に重要である。しかし、大学の予算についての文部省の指導基準がかなり生硬であり、資金的にも万全な体制になっているとは言いがたい。学者の個人的な情熱に依存するようなTLOであっては十分な成果があげられない。活発な活動ができるような体制を早急に整えるべきである。
さらに、現状のままでは実際のビジネスの経験がない大学側に主導の重点があり、ビジネスに結びつくかどうかが不透明である。そこで、TLOへの純粋民間の参入を認めるべきである。

4)知財研究者への支援措置を

知的財産権の取得を大胆に推進するためには、やはり経済的なモチベーション(特許ドリーム)が必要と考える。このため研究者に対し、所得税の減税(特許付与によるライセンス収入の圧縮等)の租税特別措置を設けることにより、発明者に大きな成功報酬を与えることが必要である。

3 産業における知的創造力の強化

物的資源の乏しい我が国にとり、技術開発・研究は、国際経済社会の中で生き残っていくために重要なものであり、我が国が世界に誇れる多くの優秀な人的資源を動員するためにも、研究開発にたいする補助拡充、税制上の措置等を行い、真の意味での、研究技術立国を目指す。そのため、我が国が、技術上特に優れている分野への積極的投資を行うことのできる枠組みづくりや、研究への支援を強化する。

1) ベンチャー産業の育成

これまでの、基礎産業力を海外に依存する体質を改善するため、新たな技術やモデルを取り入れた創出型技術革新を伴う産業に対し、有利な融資を行うなど支援を強化する。
ベンチャー企業の育成は、知的財産権の創造の担い手を強化するためにも重要である。 下図(要素技術別日米特許 上位10社比率)を見ると、システムLSIの要素技術に関するパテントで、上位10社とそれ以外の比率が出ている。斜線の部分は上位10社に入らない企業が持っているパテントの比率をあらわしている。人目で分かるように、アメリカはパテントは企業全体に広く分散しているが、日本は上位10社がかなりパテントを寡占している状況が見えてくる。すなわち米国では、上位企業だけでなくベンチャー企業も、かなりパテントを持っているのである。アメリカのほうが、日本よりもかなりバランスが良い。
 
 2) 先端研究(技術)開発の先行投資に対する優遇税制の新設。但し、製造試作ラインの導入はリースで行うことを条件とする。

製造試作ラインへの過大な設備投資及び資金固定化を避ける意味と、企業がたちあがった後、ラインをやがてアジア等の途上国にまわして技術移転を行うためという二つの意図がある。
リース制度を具現化するには、すべての微細化世代(0.25_m〜0.05_m)に対応可能な寿命が長く資産価値の高い装置の先行開発が不可欠となる。民間活力活性化のためのPFI(Private Finance Initiative)等も、財政法に基づく単年度会計のもとでは機能しない。長期計画を可能にする制度を新設する必要がある。

3) ハイテク優遇税制の創設を。

ハイテク・ベンチャー企業の育成およびハイテク立国のためにハイテク優遇税制を新設する。米国では、ベンチャー・キャピタルに対し、利益が得られた時にそれまでの累積損失を控除してくれる税制度が確立されている。 我が国ではベンチャー・キャピタルは利益が得られた時に累積損失を控除してもらえない。従って、ハイリスク・ハイリターンのハイテク企業はなかなか育ちづらい。
台湾では、国家をあげてハイテク立国を目指し続けており、ハイテク優遇税制を早くから確立、さらなる強化を進めている。具体的には、当初は半導体企業の設立に対して「設立後5年間は無税」というハイテク優遇税制を進展させている。台湾のSiファウンドリが世界一になり、世界一であり続けている理由はここにある。米国と台湾のいい面の両方を取り入れたハイテク優遇税制を新設すべきである。

4)ハイテク企業の株式購入に対する優遇税制の創設。

米国等のハイテク企業は、その設備投資のための資金を株式市場から調達することが常である。これは一般投資家が、株式の値上がりを期待して、ハイテク企業の株式を買うのがごく普通に行われているからである。しかし、わが国はまだそこまで行ってはいない。そこでハイテク企業に対する投資のインセンティブをつけるために、わが国のハイテク企業株式を購入した場合に、手数料および所得税の両面で優遇されるハイテク企業株式購入優遇税制を確立する。

5)日本が世界的に優位な産業分野への支援強化

我が国の産業分野のうち、世界的にも最先端を走っている産業分野の研究・技術開発に対する研究開発費助成など支援策を積極的に行い、国際的競争力をより高める。

6)産業分野の国内戦略の早期確立支援

国際的には競争力が劣る産業分野といえども、日本人の嗜好にあった産業分野や風土などに根ざした産業分野がある。これらの産業分野に対し、日本の消費者動向に見合う技術開発やモデルの早期確立に対する支援を強化する。また既存の制度等の保護を確立するための支援策を行う。
 

この記事は弁政連フォーラム第235号(平成24年9月25日)に掲載したのものです。
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