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“弁理士には、法律的思考(Legal Mind)がない”とは言わせない!
 <平成13年02月25日>
 
furuya.fumio
日本弁理士政治連盟
最高顧問 古 谷 史 旺
 
 

1.弁理士に対し侵害訴訟の代理権を与えるべきとの議論がなされるとき、必ず耳にするのが、“弁理士には法律的思考(Legal Mind)があるのか”といった非礼な疑問の声である。

2.弁理士は技術と法律の専門家である。技術が分からなくて特許出願の明細書は書けないし、その後の権利取得までの特許庁審査官、審判官との遣り取り、更には、審決取消訴訟に於ける訴訟代理人として訴状を作成し法廷に臨むとき、特許権取得後の当該特許権に基づく第三者との交渉、権利侵害有無の鑑定、侵害訴訟事件に於ける補佐人として裁判に関与するとき等々の場合には、関係する法律の知識及び法律的思考(Legal Mind)なくしては職責を全うできない。
  また、技術には国境がないことから弁理士の仕事は国際的である。様々な条約及び関係国の法律を知悉し、国際的な法律的思考(Legal Mind)なくしては職責を全うできない。

3.弁理士になるための資格取得試験をみても特許法、実用新案法、意匠法、商標法、条約が必須科目であるし、その他に選択科目が3科目ある。私は資格取得時は法文系であって憲法、民事訴訟法、国際私法を選択したので、法律的思考(Legal Mind)について云々される謂われはないと自負している。
 ところが、理工系弁理士の多くは、理科系を選択している。しかしながら、そのことのみで“弁理士には法律的思考(Legal Mind)があるのか”と問うのは、弁理士業務の深みを知らない己の無知を悔いるべきである。

4.特許法、実用新案法、意匠法、商標法は、今更言うまでもなく民法の特別法であり、弁理士資格取得を目指す志望者は、まずは我が国の法体系のあり様を学び、憲法を独学又は大学で履修する。そして、特許法を始めとする条約を含めた関係五法を弁理士試験が突破できる程度に勉強するためには、民法、民事訴訟法を始めとする準用条文はもとより、民事執行法、民事保全法、刑法等を含めた関連条文を洗い出して比較し、その違いを見極め、熟知しなければならない。

5.ちなみに、民法だけでも類似・関連規定は、第2条「外国人の権利能力」、第4条「未成年者の行為能力」、第5条「処分を許された財産」、第6条「営業が許された未成年者」、第8条「成年後見人」……178ヶ条に及ぶ。そして、民法第34条「公益法人の設立」の規定を商標法第7条で準用し、民法第719条「共同不法行為者の責任」の規定を特許法第65条で準用している。また、民法第724条「損害賠償請求権の消滅時効」の規定を特許法第65条で準用し、民法第958条「相続人捜索の公告」の規定を特許法第76条で準用している。

6.また、民事訴訟法、民事執行法、民事保全法に関わる類似・関連規定は、第13条「専属管轄の場合の適用除外」、第23条「裁判官の除斥」、第24条「裁判官の忌避」、第25条「除斥又は忌避の裁判」、第26条「訴訟手続きの停止」……99ヶ条に及ぶ。そして、民訴法第5条第4号「財産権上の訴え等についての管轄」の規定を特許法第15条で準用し、民訴法第61条「訴訟費用の負担の原則」の規定を特許法第169条で準用している。数が多いので割愛するが、準用条文だけでも83ヶ条に及ぶ。

7.更に、弁理士と関わりのある工業所有権保護等に関する条約は、(1)工業所有権の保護に関するパリ条約(パリ条約)、(2)特許協力条約(PCT)、(3) 特許協力条約に基づく規則(PCT規則)、(4)虚偽又は誤認を生じさせる原産地表示の防止に関するマドリッド協定(マドリッド協定)、(5)世界知的所有権機関を設立する条約(WIPO)、(6)文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(ベルヌ条約)、(7)特許手続き上の微生物の寄託の国際的承認に関するブタペスト条約(BP条約)、(8)特許手続き上の微生物の寄託の国際的承認に関するブタペスト条約に基づく規則(BP規則)、(9)国際特許分類に関する1971年3月24日のストラスブール協定(ストラスブール協定)、(10)標章の登録のための商品及びサービスの国際分類に関する1957年6月15日のニース協定(ニース協定)、(11)知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS、(12)商標法条約(TLT)、(13)商標法条約に基づく規則(TLT規則)、(14)標章の国際登録に関するマドリッド協定の1989年6月27日にマドリッドで採択された議定書、(15)標章の国際登録に関する1891年4月14日のマドリッド協定及び同協定議定書共通規則(共通規則)、(16)国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約(外国公務員贈賄防止条約)と多岐にわたる。これらの条約はいずれも批准されており、弁理士は我が国の法律だけでなく、条約と憲法との関係、法律との関係を階層的に捉え、知識の習得と活用を図り、日本の産業の興隆に寄与し、国際的な活動を行っている。

8.まして、弁理士は資格取得試験に合格した後、日本弁理士会が主催する約2ヶ月間に及ぶ研修を受講している。課目は民法概論、民事訴訟法、著作権法、不正競争防止法といった座学から始まり、判例研究、外国出願実務を含めた演習等も行っているし、既存の弁理士に対しては研修所が行う実務研修が年間を通して繰り返し行われている。
 而も、弁理士は侵害訴訟に於ける訴訟補佐人としての80年に及ぶ実績と、審決取消訴訟代理人としての60年に及ぶ実績がある。
 このことよりすれば、弁理士は法律的思考(Legal Mind)を備えるだけの知識の習得と研鑽を充分に踏んでおり、知的財産権に関する損害訴訟の代理権を単独で付与しても、制度を利用する国民の負託に応えることができると確信する。

9.司法制度改革審議会の中間報告や同審議会が弁護士会に対して行ったヒヤリングの様子がインターネットその他を通じて公開されているが、弁理士に対しては“弁護士が訴訟代理人となっている事件に限って”侵害訴訟代理権の付与を前向きに検討する…の意向のようである。
 司法制度改革審議会が目指す司法の改革は、国民が利用し易い司法制度の構築ではなかったのか。“弁護士と弁理士が2人揃って一人前”に等しい制度がホントに国民が利用し易い司法と言えるのか。国民は裁判に要する弁護士と弁理士に対する費用を常に二重払いさせられることになる。
 弁理士は技術と法律の専門家である。而も技術に国境がないことから国際的な活動を行っている。これから益々知的財産権に関する国際紛争は多発する。そのようなとき、妥協の産物としか思えない“弁護士と弁理士が2人揃って一人前”の制度を構築して良いのであろうか。

10.我が国が創造的科学技術立国を国定とし、知的財産権制度の強化を図って産業の復興を懸命に行っている今日、知的財産権の創生から権利の取得、権利の活用に直接的に深く関わる弁理士を紛争処理の任にも名実共に当たらせ、知的創造サイクルの輪を大きく動かす制度的な仕組みを待ったナシで構築すべきである。
 弁理士に単独による侵害訴訟の代理権を付与し、足らざるは研修で補うことで国民の負託に充分応えられると信じて止まない。
 その議論の前提として常に持ち出される、“弁理士には法律的思考(Legal Mind)がない”とは言わせてはならない。
 うちに向かっては、弁理士諸兄よ、もっと自信と誇りを持て!と言いたい。 以 上


この記事は弁政連フォーラム第99号(平成13年2月25日)に掲載したのものです。

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