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弁理士制度の行末( ゆくすえ)
 

 
togawa
日本弁理士政治連盟
会  員 戸川公二
 
 

1.弁理士法の第2次改正法案
 最近入手した弁理士法改正法案によれば、弁理士に対して特定侵害訴訟の代理人資格を認める予定だという。しかし、同一の依頼人から訴訟代理を受任している弁護士に随行して裁判所に出頭した場合にしか代理人として手続が行えない。しかも、このように実質上、輔佐人と殆ど変わらない名目的な訴訟代理権なのに、経済産業省令で定める研修を終了した弁理士が工業所有権審議会の実施する特定侵害訴訟の代理資格付与の国家試験に合格し、かつ、弁理士名簿に当該試験に合格した旨の登録公示が為されることを条件とするといった著しく徒爾迂遠な資格取得行為を強要している。特許事務所を運営し、日常の弁理士業務を誠実に遂行すべき使命を有する開業弁理士にとっては殆ど実行不可能な条件を課そうとしているのである。特に、東京・大阪・名古屋等の大都市から遠く離れた地域において開業している地方弁理士には不能を強いるのと全く変わりない。
 かゝる極端に狭隘な訴訟代理権は、実質的に代理権の名に値せず、実に屈辱的である。なぜ、法制審議会など政府関係機関が弁理士の訴訟代理権の付与に消極的なのかと云えば、その理由は、十年後に爆発的に増加することが確実なロースクール出身の弁護士の職域確保にあることは間違いがない。実際のところ、最近の弁理士制度を取り巻く情勢は司法分野への進出に風穴を開けた等といって呑気に喜んでは居れない深刻な局面を迎えているのである。
2.知財ロースクール計画の含む問題
 本年1月10日に発表された『知的財産国家フォーラム』の中で元特許庁長官の「荒井寿光」氏は、知財ロースクール(ロースクール専門部)の設置計画を具体的に提唱しておられる。知財ロースクールに理工系出身者を大勢集めて知財に強い弁護士、裁判官を積極的に育成しようとするのである。そして、教員には、知財経験豊富な裁判官、弁護士、弁理士など実務家を当て、「カリキュラム等を各法科大学院に任せ、政府は知財分野で特徴を出したいと望む法科大学院の邪魔をしない」というのである。
 このような国家目的に沿って合理的に組織された知財ロースクールから毎年大量に生み出されてくる知財専門の弁護士(以下、知財弁護士という)は、特許・商標等の弁理士業務全般を含む知的財産権全分野について高度で専門的な知識と実務処理能力を習得しているのに加えて、訴訟全般についても完全な代理権を有する。このため、産業界や一般国民は、知的財産権上の問題全てをオールラウンドに処理して呉れる知財弁護士を大いに頼りになる職業代理人として受け入れる
ことは間違いない。これに対し弁理士は、知財訴訟について不完全な代理権しかないので、結局、知財弁護士を輔佐する立場でしか行動できず、また、特許・商標に関する実務能力も先輩の特許事務所において見よう見真似によってしか習得していないので、端から見ると甚だ頼りなく見えよう。
 それゆえ、このまゝでは知財弁護士が本格的に大量に出現してきたときには、弁理士は歴史的使命を終えたものとして知財世界から淘汰される運命を辿らざるを得ないであろう。
3.日本弁理士会と弁政連が為すべきこと
 日本弁理士会の或る理事の説明によると、弁理士法の改正は弁理士のために行うのではなく、社会的要請に基き国益を実現するために行うものであるから、日本弁理士会としては弁理士のエゴを主張せず、特許庁に協力し,特許庁の意見に従って改正に当るのだという。耳当りが良く、ちょっと聞きには尤もらしく聞こえる殺し文句である。
 しかし、其処には、日本弁理士会固有の独立性も理想も、そして明治以来、百年以上も日本産業や工業所有権に貢献してきたという弁理士のプライド、気概が全く感じられない。特許庁や法制審議会など政府関係機関に対して、もう少し、自信を持って対等に交渉できないものであろうか。弁理士会理事のいう"国益"とは、我国が政治目的として掲げている科学創造立国を意味するそうだが、そうだとしても、弁理士の特定侵害訴訟代理権を不完全なもの(実質上の輔佐人資格)に止めおく理由としては合理的でなく、納得できない。
 我国の政治目的が科学創造立国にあるのであれば、まず、現存の弁理士制度の充実化を図るのが合理的であって、早道である。今から知財ロースクール(ロースクール知財専門部)を創設し、其処で知財弁護士を養成して送り出すとしても、少なくとも10年以上の歳月は必要であろう。そうとすれば、知財弁護士の制度が完全に安定して機能するようになるまで、弁理士の職務権限を抑制し押さえ込んでおくことが、果して我国にとって有益なのであろうか。また、国際間の熾烈な技術開発競争、国際間の産業交流の激化は、日本の知財弁護士体制が確立するまで待っていて呉れるだろうか、真剣に考えるべき問題である。
 弁護士などの法曹関係者は、弁理士は訴訟処理能力、和解交渉など紛爭処理の実務処理能力において未熟であり稚拙であるから、弁理士に侵害訴訟代理権を認めるべきでないとして強硬に反対しているという。しかし、その論法に従えば、特許出願など特許庁に対する手続代理を弁護士が当然に行うことを認める弁護士法3条2項の規定も不適当ということになる。とにかく、弁護士・裁判官・検察官・それに法務省や内閣・衆参両院の法制局の指導者達は、司法試験という共通の出身基盤の上に立っており、一枚岩の鉄の結束で団結して弁理士の職域拡大に反対するのであるから、手強い抵抗勢力であることは間違いなく、世論を以て抗する以外途はない。世論を動かすためには、我国が科学技術創造立国を実現するのに弁理士制度の充実化を図るのが最も早道で合理的であることを強力にアピールする必要がある。
 そこで、弁政連と日本弁理士会には、各々の立場において次の事項につき努力して戴くことを要望したい。
(1) 国会議員や法制審議会等の政府関係機関に、明治以来、弁理士が国内産業の発達に寄与してきた実績や貢献度、特許庁の行政に協力し工業所有権の保護育成に果たしてきた役割を強く訴求すること(日本税理士連合会や公認会計士協会などは法制審議会に委員を送り込んで意見を表明する体制を調えているのに、日本弁理士会も弁政連も一人も委員を送り込んでいないのであるから、努力が足りないと云われても仕方がない)。
(2) 中小企業や地方企業、弱小の個人事業者等は、いま直ぐにでも、全ての知財問題を処理して呉れる完全な代理権を持った職業代理人が身近にいることを切望しており、そのためには、弁理士が最適任であることを国会議員や法制審議会等の政府関係機関に根気強く説得すること。
(3) 今日の産業経済の状況に照らして、知財弁護士の制度が全国的規模で完全に安定化して機能するようになるまで待っている余裕は、今の日本にないことを全国的規模でアピールすること。
(4) 弁理士の中には、東京高裁を舞台とした審決等取消訴訟にも習熟し民事訴訟法の実務にも精通した者も多くいる事実を自信をもって主張し、知財弁護士の全国的配備の完了を待つよりも、格段に早く効率的であることを強力にアピールすること。
(5) 日本弁理士会の理事者は、弁理士法改正の問題に関しては独立自治の立場を貫き、かつ日本弁理士会固有の国益観と理想の下に行動して、弁理士制度の永続的な繁栄と国益の実現とを調和させる哲学も共有して戴くこと。
4.結  語
 弁理士制度は、日本弁理士会の指導者が「弁理士のエゴを主張せず、特許庁と協力し,特許庁の意見に従って弁理士法改正に当る」という方針を取っている限り、近い将来、大量に溢れ出してくる知財弁護士との関係において補助的な職業体系の中に置かれることにならざるを得なくなるであろう。そして、弁理士は職業的な独立性を失い、士族としての誇りや自信を保ち得なくなるに違いない。
 将に今、弁理士制度は危急存亡の秋(とき)なのである。

以 上

この記事は弁政連フォーラム第111号(平成14年2月25日)に掲載されたのものです。

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