PF-JPA




高額化した審査請求料は
中小企業の技術開発意欲を
殺ぐ
 

 
togawa
日本弁理士政治連盟
会  員 戸川公二
 
 
1.特許出願に伴って出願人が負担すべき
  費用(特許出願費用)
 私は北陸地方(福井県)に事務所を構えて弁理士活動を行う一方、地方自治体の各種開発関係の委員会の委員や発明協会福井県支部の役員も受任している。ところが最近,これらの機関に弁理士報酬が高過ぎ特許出願費用が嵩んで企業の知財活動が制約されるという批判・苦情が寄せられるようになってきた。ところが、これらの批判・苦情は、多分に弁理士に対する誤解と特許庁費用に対する無理解に基くものが殆どである。我々弁理士の発行する請求書中には、代理人の報酬と弁理士立替の特許庁費用とが併合して記載してあるため総計としての支払額が高額となり、全額が弁理士報酬と思い込まれてしまうからである。
 我々弁理士にとっては常識ではあるが、特許出願費用は、大まかに分けると、特許庁に納付すべき税金的性質の特許庁費用と、代理人に依頼した場合に必要な弁理士報酬とを含んでいるのであり、この内訳については事ある毎に出願依頼人に説明しているのではあるが、その詳細は直ぐに忘れられてしまう。総計としての支払金額が余りに高く、その印象だけが出願依頼人の脳裏に深く刻み込まれるからである。
 しかし実際には,特許出願費用中、出願依頼人にとって大きい費用項目は特許出願の許否の審査を受けるのに不可欠の“審査請求料”と、着手金としての“弁理士報酬”である。ちなみに、審査請求料は基本料金の168,000円と、請求項の数に4,000円を乗じた金額とを合算した金額となる。請求項の数を平均5つと仮定すると、審査請求料として一般的に188,600 円が必要である。これに対し、弁理士費用は、着手金の基本料金が180,000 円、加算額が請求項の数に10,000円を乗じた金額であり、請求項の数を5つとした場合、230,000 円となる。
 換言すると、出願依頼人は特許出願に際して、次式に示す金額を出費せねばならないから非常に重い負担感を持つのであるが、その特許出願費用の半分近くは税金的性質の特許費用である。

 特許出願費用:434,600円=特許庁費用(〈出願料〉16,000円+〈審査請求料〉188,600円)+代理人費用(230,000円)

2.民事訴訟事件の貼用印紙額との比較
 特許出願1件につき必要な特許庁費用(印紙代)は、請求項の数を平均5つとすると、出願手数料(16,000円)+審査請求料(188,600円)であるから、合計で204,600円となる。
 ところで、この204,600円という金額は、民事訴訟事件の貼用印紙額に対応する訴額でみると“46,750,000円”となる。通常、特許権侵害差止請求事件は、低減率(1/8)が乗じられているから、規模としては3億7千4百万円の訴訟事件に相当することになるのである。ちなみに、特許権侵害訴訟は、通常、3名の裁判官からなる合議体によって慎重に審理され論理的にも精緻な判決として示されることゝ比較してみれば、たゞ1名の審査官が審査し簡略な査定書としてしか判断理由が示されない実態に照らして、行政手続費用としての審査請求料が如何に高額であるかは一目瞭然である。
 そして、このように審査請求料が高額化したのは平成16年4月1日からの特許出願であって、それまでは97,800円で済んだ。審査請求料の2倍強の引上げが中小企業の特許出願にブレーキとなっているのは事実であって、平成16年12月27日現在の特許出願番号が37万代であったが、その番号は平成15年度における10月末日の出願番号と大体同じであるところからみて、平成16年度は約2ヶ月分の出願件数の減少したことになる。如何に審査請求料の引上げが技術開発に冷水を浴びせているか明らかであろう。

3.弁理士報酬の問題
 このように特許出願費用の約半分を占めているのは税金的性質の特許庁費用である。もっとも、国や地方自治体の行う公共サービスについては、当該公共サービスの利用により特別の利益を受ける者があるとき、この者にサービス経費の一部を負担させるのが公平の理念に適するという所謂“受益者負担の原則”の考え方もある。しかしながら、発明の保護奨励により産業社会の技術進歩を促進し、国内産業の発達に寄与するという公益実現を目的とする特許制度の趣旨に照らせば、仮にもし、特許出願の審査に要するコストが高くて赤字会計になることがあると仮定したとしても、その赤字を審査請求料の値上げによって補填しようというのは産業活動の萎縮を招くものであり、知財立国を国是とする日本国の基本方針に反する。特許庁の審査請求料は、裁判所における特許権侵害差止請求訴訟の貼用印紙額と比較して余りにも高過ぎるから改善すべきである。
 他方、政府関係者の一部から弁理士報酬を引下げて中小企業の負担する特許出願費用を軽減すべしという声が上がっているとも聞く。しかし昨今、頻繁に法律改正が行われコンピュータ化・電子化が大掛りに進められる中にあって、平成10年以来、弁理士報酬は一定水準に抑制されて引上げは行われていない。常に法律・技術上の知識と実務能力の維持研鑽が要請されている弁理士としては、現在程度の収入は専門的サービスの質を維持してゆくうえに必要不可欠の水準である。
 してみれば、特許出願費用の軽減化を実現するのには、少なくとも中小企業における特許庁費用の負担,とりわけ審査請求料を軽減する以外に方法はないというべきである。
 換言すると、極端に高額化した審査請求料が特許出願など知的財産の蓄積努力に対する桎梏となっているのは事実であり、このまゝでは日本企業の技術力の進展は望めなくて国際水準から大きく後退することになり、将来に大きな禍根を残すおそれがあるので、せめて、中小企業や個人発明家などには小規模事業者である旨の宣誓書を提出するだけの簡便な手続で審査請求料金を半額に減額するといった思切った軽減措置が講ぜられるべきである。さすれば、特許制度の利用について大企業と小規模事業者との間の実質的公平を保つことができるというものである。

4.結  語
 日本経済は、産業の基幹を成す大企業と、これらの大企業と共生的に活動し日本経済を下部構造として支える中小企業との二重構造の微妙なバランスの上に成り立っている一方、これら中小企業の多くは地方において地場産業を形成し、また基幹大企業の下請企業として全国に散在している。そして、地方の中小企業は、自らの属する産業分野で同業者・外国企業との熾烈な競争の中を生き抜くために、創意工夫を凝らし技術開発・製品開発をして特許等の知的財産蓄積の努力をしている。
 このような二重構造的特質を持つ日本経済の下にあって特許制度が大企業だけにしか利用できない方向へ運用がなされてゆくならば、わが国における中小企業の開発意欲が減退することは明らかである。そして、おそらく十数年後には日本の特許技術は大企業だけの占有物となって幅も厚みもなく痩せ細り日本産業の国際競争力が減退するのことは明らかである。
 今こそ、我々の政治団体である弁理士政治連盟は、知的財産に関する唯一の専門家集団としての高い政策的識見と自負をもって、厳しい競争市場の下で不足気味の資金を活用しながら創意工夫して日本経済の基盤を支える許多の中小企業の開発意欲高揚のため、心ある国会議員や有識者に積極的に働きかけて行動すべき時機である。そして、わが国の特許出願の審査請求料が日本の産業基盤を歪めるほど高額であることを訴求し、特許制度が誰にでも利用し易くなるように国会・政府を動かすだけの熱意と行動力を持って真剣に取組んで貰いたいのである。
以 上

この記事は弁政連フォーラム第150号(平成17年5月25日)に掲載されたのものです。

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