PF-JPA

これからの弁理士
−小泉改革と文化芸術立国の両立−
 
Takenaga Kawakita   
日本弁理士政治連盟
副会長 川 北 武 長
 
1.情報化時代における弁理士
 技術を専門とする多くの弁理士は、一般にリーガルマインドに欠けると言われる。弁理士法改正にあたった政府審議会のある先生は「弁理士は、技術と法の双方にわたる専門家であるが、それは建前であり、実際は技術に較べると法律に弱い弁理士が多いことは否定できない・・・侵害訴訟において権利濫用の抗弁の主張がなされることも多いが、弁理士の中の果たして何人が「宇奈月温泉事件」を知っているであろうか。」と述べておられる(「パテント」Vol.53,No.8)。これは、まことに尤もなことで、現在の弁理士試験には、一般法の科目(民法等)が含まれていないのであるから、このような法学の基礎知識(またはリーガルマインド)に欠けると言われても仕方のないことである。
 ところで来年から施行される弁理士試験でも、民法、民事訴訟法など、一般法の試験科目が必須になっていないから、弁理士制度としては、「法律に弱い弁理士」を許容する制度のままである。言い換えれば、政府審議会自体が、これからの弁理士は、一般法の知識よりも、新たに選択必須として加えられた著作権法、不正競争防止法の知識の方が重要であるという基本認識がある。そして、その背景には「これからは情報化時代であり、情報は物に比べると模倣に対してきわめて弱いので、情報保護が強化されなければならない。製造業に比べて、情報化産業という模倣に弱い産業が主流を占めるにつれ、知的財産権の重要性が増すのは必然的な流れと言える。」という情報重視の考え方(「特許ニュース」、平成13年1月5日など)や、工業所有権については、「社会の成熟化、情報化とともに、特許権の脇役的な存在であった意匠権や商標権が重要性を増し、ユーザは、単に商品の機能・性能だけでなく、より深い精神的な満足度を求める傾向にある。そうであるならば、機能・性能と並んで、デザインが重視されるのは当然の成り行きである。…また商標も情報化の進展とともに、広告宣伝機能が重視されるようになるので、商標重視も情報化社会の必然といえる。」という表現や商標重視の考え方がある(「パテント」Vol.53,No.1)。
2.時代を先取りした弁理士試験制度
 ここでいう情報(化)産業とは、主として音楽、映画、ゲーム等のレコードやソフトウエア、著作物に関係する産業のことである。平成12年3月に(社)著作権情報センター付属著作権研究所が発表した調査結果によれば、わが国のソフトウェア業、レコード製作業、映画製作業、映画製作配給業などの著作権産業、いわゆるコンテンツ産業の規模は、GDPの2%強を占めており、その付加価値額は10兆円を越え、電力、鉄鋼、自動車などの機械産業と同等もしくは凌駕する規模になってており、これからはコンテンツ産業が、経済活動においてより重要な意味を持つといわれている。またインターネット等のIT技術を利用した電子商取引の普及に伴い、ビジネスモデル特許、ソフトウェア特許、商標やドメインネーム等についても、著作権と同様にネット上の侵害や紛争が起こりやすくなっており、これらに対する保護強化の機運が高まっている。このような情勢を見ると、弁理士試験の必須試験科目として著作権法や不正競争防止法が導入されたことは、まことに時代の趨勢にあったものと言わなければならない。
3.小泉改革と公明党の文化芸術立国
 小泉政権の経済改革に対する基本方針によれば、人材大国と科学技術創造立国を実現するために、知的資産を倍増する観点から、ライフサイエンス、IT、環境、ナノテクノロジー・材料の4分野への戦略的重点化を図ること、また大学教育に対する公的支援や、社会人に対する自己啓発の支援を充実させること、そして「科学技術基本計画」(平成13年3月30日閣議決定)の着実な実行とともに、@循環型社会の構築/環境の保全、A高齢化社会への対応、B都市の再生など、21世紀の日本が真に必要としている社会的ニーズに応えられるよう、重点的な資源配分が行われることなどがあげられている。しかしながら、これらの経済再生プログラムの中には、音楽、映画、アニメーション、ゲームソフト等のような著作権、ソフトウエアなどの文化資産の倍増プログラムはないのである。つまりGDPが2パーセント強のコンテンツ産業どころではなく、本家本元の製造業(特に先端技術の製造業)をまず活性化しなければ、経済の再生はないということであろう。個人でいえば「恒産なければ、恒心なし」(心の豊かさは二の次)ということかもしれない。
 一方、政府与党の一つである公明党は21世紀のわが国のあるべき姿として「文化芸術立国」をあげ、わが国ではすでに急速に科学技術が発展し、都市化が進む中で経済的な豊かさは獲得されたので、これからは国民一人一人が柔らかな絆で結ばれるために文化・芸術が重要であり、文化芸術立国の基本姿勢を明記する「芸術文化振興基本法」(仮称)の設定を提言している。この提言では、文化芸術団体への税制優遇制度の拡充、新進若手芸術家の育成支援、芸術創造推進施策「新アーツプラン21」の創設などをあげているが、文化芸術と経済との関係については、「文化芸術の活動はそれ自体では経済的に成り立たないことが多く、公的援助の他に個人の寄付などの支援が必要である」と述べているから、経済的に国を再生させるための文化芸術ではないことを明らかである。
 文化芸術を好む筆者はこの提言に賛成であるが、いくら情報化時代と言っても、日本が急にフランスやイタリヤのように文化芸術観光で食べていける国になれるわけでもないし、そうかと言って経済状態は現状のまま、「英国病」ならぬ「日本病」で国が没落していくのも癪である。大体フランスやイタリヤは成熟した国家であり、審議会の考え方と同じで、特許の影が薄いのである。
4.情報化弁理士は小泉改革には合わない
 インターネットが普及して個人が自由に情報を発信する時代になり、文化芸術が関与するコンテンツ産業がますます発展して本当に産業の主流になれば、公明党が提唱するような文化芸術の花が日本各地に咲き開き、全国津々浦々に弁理士事務所(まさにコンビニIPオフィス)が存在することになり、個人のコンテンツ保護のためにソフトウェア、ドメインネーム等に関する登録や相談、模倣品の輸入取締りのための各地の税関への出張、コンテンツ、ビジネス特許等に関する契約、仲裁等に情報化弁理士が活躍することになる。21世紀の弁理士は果たしてそのような情報化弁理士が主流になるだろうか。いくらインターネットによる情報化が発展しても、小泉政権の当面の政策が科学技術創造立国であるかぎり、このような弁理士が主流になる可能性は薄いのではないか。とすれば弁理士試験科目に著作権法、不正競争防止法を必須にしたのは、時代を先取りした公明党の政策には合致するものの、経済再生や、特許を中心とした知的創造サイクルを推進しようとする政府の方針には合わないことになる。
5.気の毒な技術系弁理士志望者 
 気の毒なのは技術系の弁理士志望者である。彼らは、弁理士試験のみのために、将来ほとんど必要のない著作権法、不正競争防止法を勉強しなければならない。そこで若い有望な志望者は、新設されるロースクール(法科大学院)を目指すのであろうが、ロースクールを修了した後、工業所有権法に習熟するのも相当に長い道程を要するからである。そこで彼らのために、小泉政権の存続中に、弁理士試験科目を二本立てにし、著作権法、不正競争防止法の代わりに、民法概論、民事訴訟法を選択してもよいことには出来ないだろうか。このような話は「それは制度を二分するから駄目だ」という内向きの議論で潰されるのがおちだが、アメリカのパテントアトーニー(約1万7千人)のような「技術と法律の専門家」を早く生み出すような体制にしないと、我が国の国際競争力も低下し、小泉改革も中々進展しないのではないだろうか。
 
以上


この記事は弁政連フォーラム第104号(平成13年7月25日)に掲載されたものです。

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