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チャンスに後ろ髪はあるか
   −弁理士の逆転−

 
tamama.masami
日本弁理士政治連盟
副会長 川北 武長
 
 

1.特許弁護士への期待
 第1次弁理士法改正に際し、工業所有権審議会法制部会から司法制度改革審議会に対し、知的財産分野における技術的知見・素養を有する法律専門家に対するニーズの高まりに応えるべく、技術系出身者が容易に法曹資格を取得できる法曹養成制度の導入にむけた制度改革の実現への強い期待が表明されたが、平成13年8月30日に発足した知的財産国家戦略フォーラム(代表 荒井寿光氏)で提言された「知財ロースクール」は、、一般の法科大学院と一線を画し、対象を主に理工系出身者とし、実務的な知財法専門家(特許弁護士)の養成をめざしており、この期待に応えたものとして評価できる(「知的財産国家戦略フォーラム」第二次提言、 第54頁、2002年1月10日)。
 すなわち、第1次弁理士法改正では、弁理士試験の多肢選択必須科目に民法、民事訴訟法を加えるような、弁理士の法律能力強化(特許弁護士化)に向けた改正は阻止され、その代わり法曹界(司法制度改革審議会)に、「技術的知見・素養を有する法律専門家」の養成に向けた制度改革が委ねられたが、これに対して法曹界側からの明確な回答はなく(審議会意見書)、今回初めて、外部任意団体ではあるが、「知的財産国家戦略フォーラム」からその期待に応える法科大学院経由の特許弁護士構想が提言された。いずれにしても今回の「知財ロースクール」は、法曹側から技術的素養を持つ特許弁護士への道を積極的に開こうとする点で画期的であり、工業所有権審議会の意向に沿ったものといえる。ただ、このような特化したロースクールが、法科大学院の認可基準内でどの程度具体的に可能かどうか(法曹界が開放性に反する、主に理工系に特化した大学院を認めるかどうか、またその修了者が司法試験に合格できるかどうか(試験が教育効果の確認程度になるかどうか)、その実現性については流動的であり、今後の推移を見守る必要がある。
 仮にこのような知財ロースクール(法科大学院)が新設されるとすれば、早くて平成16年には入学者選抜と学生受け入れが始まり、そして3年修了とすると、平成19年には新司法試験が行われ、司法修習後、平成21年(7年後)には我が国にも制度的に特許弁護士が輩出されることになる。
 弁理士の特定侵害訴訟代理人になるための研修・試験も平成18年頃には一通り終わり、特定侵害訴訟代理業務の付記登録をした弁理士が目標の1000人以上に達し、平成21年頃には、侵害訴訟事件について、従来の一般弁護士と輔佐人弁理士の組み合わせの他に、一般弁護士と付記登録弁理士の共同代理、新制度の特許弁護士の単独代理等が競合し、国民の知的財産権保護のために十分な環境が整うことになる。
2.夢のような弁理士の外部環境
 科学技術創造立国の国是のもとに、総合科学技術会議、知的財産国家戦略会議が首相のもとに設けられ、先端科学技術重点4分野等に巨額の予算が投じられ、プロパテント政策のもと、大学、中小企業等の発明振興、知財教育の徹底、特許の流通および活用など、いわゆる知的創造サイクルの実現に向けた種々の施策が効を奏しつつある。特に政府主導で行われている知財教育の普及はここ数年目覚しいものがある。その昔、弁理士会が高校の教科書に知的財産や弁理士を紹介する記事を掲載するように当時の文部省に申し入れても中々実現しないことがあったが、今や中学、高校から大学、中小企業に至るまで、様々な知的財産関係のテキストが無償で、あるいは競争入札により安価に供給され、全国津々浦々で特許を主とする知財関係のセミナーや研修が行われるようになった。長年、工業所有権制度の普及、啓蒙に努めてきた弁理士にとって、まさに夢のような世界が実現しつつある。このように良好な環境が整いつつある中で、新しい需要に応じた弁理士数の増大とともに、本来業務である工業所有権の出願数も増大し、また著作権等の知的財産全般の業務についても弁理士の関与が徐々に増えることが期待される。
 弱肉強食ならぬ戦国時代になぞらえて、あえて弁理士の現況を述べれば、弁理士会は、法曹(弁護士会)の誘導により、「本丸」である本来の業務範囲(工業所有権)の外に出て、著作権業務という「出城」を造ったが、法曹の養成機関である法科大学院に理工系の子弟を集められ、弁理士の「本丸」が脅かされようとしているように見える。かって弁理士会は、国民の要望に応じて「本丸」を法曹の城に似せてやや高くする改造案を出したが(本年の「パテント」1月号の「プロパテントから見た新弁理士制度」参照)、有力会員から著作権を含む知的財産権全般への関与を望む声が出て、法曹から出された共同代理権と著作権等の「出城」の方の案に乗った経緯がある。弁理士が、(著作権等を含む)知的財産権全般の専門家となり、法曹の養成機関(法科大学院)から「特許弁護士」が制度的に生まれるとは、弁理士が名を取り、弁護士が実を取った形で、まさに「和をもって尊しとなす」の見本と言えるが、技術と法律の専門家を自称していた弁理士(ジャパニーズ・パテント・アト−ニー)が弁護士にお株を奪われそうになるとは皮肉な話である。このような現況は、弁理士制度を発展させる形で特許弁護士の誕生を早急に望んでいた知的財産協会等、ユーザや国民の期待に到底添うものではない。
3.弁理士の現況をどう受け入れるか
筆者は、法科大学院経由の法曹から特許弁護士が、早急に制度的に多数生まれるのであれば、それはそれでよいと思っている。技術者の立場で言えば、あるプロセスで製品を作る場合、先ずその製品の原料からプロセスを追って最終製品を理解する場合と、逆に最終製品からプロセスを遡ってその製品を理解する場合があるが、いずれにしても、その製品を扱う技術者は、そのプロセスのみならず、原料および最終製品を良く知らなければ、その製品のトラブルに十分対処することが出来ない。これと同じように、最終製品である特許を扱う場合、原料である発明から入るのと、最終製品である特許(紛争解決)から入るのとでは、技術的素養が共通であれば、(発明から特許に至るプロセスの理解の上で)専門性にそれほど差が出るとは思われない。弁理士の得意とする権利創設のプロセスは、前述の全国的な知財教育や、規制緩和による手続の簡素化により、相対的にその専門性が低下しつつあり、また特許庁の審査基準は基本的に判例に基いているからである。したがって法科大学院から特許弁護士が制度的に早く出て、権利創設の分野で弁理士と競争する一方、これまで放置されていた泣き寝入りの権利侵害が新しい特許弁護士によって救済され、国民の要望を満たすのであれば、それはそれで結構なことではないだろうか。
4.今後の可能性(チャンスに後ろ髪はあるか)
第1次弁理士法改正において、弁理士試験科目が「弁理士の特許弁護士化」を阻止するような方向に決定された経緯にかんがみ、法曹教育関係者は、主に理工系卒を対象にした特許弁護士等の養成のための法科大学院を、早急(最短で2年以内)に実現する重大な責務があると筆者は思う。
もし知的財産国家戦略フォーラムが提唱するような、特許弁護士等の養成に特化した法科大学院が早急に生まれないとすれば、、今や小泉内閣の目玉の一つとなった知的財産国家戦略を支える人的基盤の面で、知的創造サイクルを一貫して取り扱う単独の専門家(米国でいうパテントアトーニー)が肝心な時に我が国には不在となり、国際競争力上、由々しき事態となるからである。もし司法制度改革(弁護士改革)と同時に「弁理士の特許弁護士化」を進めていれば、今年から法律能力が強化された新弁理士が誕生し、それから研修・試験を経ても、少なくとも2年以内(平成16年頃)には、弁理士発展型の「特許弁護士」が制度的に生まれていたはずである(前述の法科大学院経由の特許弁護士よりも少なくとも5年早い)。
 「チャンスに後ろ髪はない」と言われるが、このような現況の中で、日本弁理士会は、当面は法科大学院の推移や、知的財産国家戦略フォーラムで提唱されているような知財裁判所設立の動向を見ながら、次の出番を窺うのがよいと思う。何となれば、「悪法」と言えども弁理士試験制度は改正されたばかりだし、法曹教育関係者には、発明等に対するスピリットが本来的に欠如しているので、法曹による特許弁護士構想も、そんなにた易く(早くて平成21年頃までに)実現するとは思えないからである。筆者は弁理士であるから(来世はともかく)、弁理士試験科目の見直しを含む「弁理士の特許弁護士化」の構想がいずれ「正義」として復活することを期待している(もともと「正義」が法曹によって妨害されること自体がおかしいのである)。その時、日本弁理士会は、国家的な要請により、今度は自信をもって戦略的に(他力本願ではなく)「弁理士の特許弁護士化」(知的創造サイクルの一貫関与)を実現できるのではないだろうか。
5.おわりに
 「弁理士の特許弁護士化」に近づくためには、再三述べるように、基本的に弁理士試験の必須科目(多肢選択)に民法、民事訴訟法の一般法科目を入れる必要がある。これらの科目を加えることは、国家的な要請で弁理士の特許弁護士化が必要とされる以上、規制緩和に反することはならない(規制緩和の国際基準では、合格率が低すぎる等は規制になるが、消費者の保護のために、必要な試験科目や教育を課すること自体は規制にあたらない。司法試験にこれらの科目が不可欠であるのと同じである)。
現在、日本弁理士会では、第2次改正弁理士法における、特許等侵害訴訟における弁護士との共同代理の能力担保のための民法、民事訴訟法の研修や、さらには共同代理の限定を解除したり、将来、単独代理権を得るための研修等を含む、知的財産法の専門家養成のための「特化した法科大学院」設立の構想が検討されているが、これも上述の弁理士試験制度の改正がないかぎり、残念ながら砂上の楼閣のようなものだと筆者は思う。弁理士資格を、(工業所有権の)専門学校の卒業資格になぞらえれば、所定の研修、試験を経て得られる弁護士との共同代理のための付記登録は、さしずめ総合大学の限定付き卒業資格であり、これにさらに研修、試験を重ねても、大学院の限定付き修了資格が得られるものではない。また、上記の共同代理の能力担保研修の前提として法学の基礎的素養を得るための法学の履修や自己研鑚を義務づけているが、このような資格条件は永続的に存在し得るものではない。つまり、弁理士試験科目に司法書士試験のような司法試験との共通科目(一般法科目)を入れなければ、研修の重荷は消えない上、共同代理の限定解除も見えず、永遠に制度的な単独代理(特許弁護士)は見えてこないと言える。

以 上

この記事は弁政連フォーラム第111号(平成14年2月25日)に掲載されたのものです。

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