PF-JPA




今こそ必要な
弁理士試験・研修制度の改革


Takenaga Kawakita
日本弁理士政治連盟
弁理士 川北 武長


法科大学院と弁理士
 最近、法科大学院に入学した40代の弁理士(理工系)から話を聞く機会があった。家族3人を養っている彼にとって、昼は仕事、夜は通学、休日は勉強という生活を3年間続けるのは、やはり大変なことのようである。弁護士になるには、さらに司法試験に合格後、1年半の司法修習を修了しなければならない。法科大学院に入学した理由は、別に訴訟のような紛争解決を好んだり、弁護士への転職を望んだからではなく、現在の弁理士業務だけでは将来、安定した収入が得られなくなる不安があるからである。
 昔は弁理士試験に合格し、仕事が出来るようになれば、それなりの仕事があり、すくなくとも収入面での不安はなかったが、現在はそうではない。将来、安定した収入を目指すために、さらに法科大学院等で自己研鑽を積むか、兼職を考えなければならない。ということは、現在の弁理士制度は独立した専門職制度として既に崩壊しつつあるということである。安定した収入が得られないと、専業の仕事に専念できず、資格からの離脱者や、他の業務との兼業者が増えるからである。
 またコスト面からは、前述の弁理士は、働き盛りの40代の数年間に法科大学院の学費(3年間で300万円から500万円かかると言われている)を支払わなければならず、またその間に仕事ができないための逸失利益の損失や家計の負担は莫大なものとなる。さらに法科大学院の学科の中には産業経済と関係のないものも多く含まれるから、働き盛りの有能な弁理士が法科大学院に通い、そのような学科の修得に無駄な労力を使わざるを得ないのは、個人的な損失のみならず、弁理士業界にとっても大きな損失であり、国家エネルギーの浪費でもある。第1次弁理士法改正を、規制緩和に盲従する官僚や知財学者の言いなりに任せ、新しい時代に必要な弁理士(試験)制度としなかったための「つけ」が、このような形で現実に回ってきたといえる。

弁理士を激増させる理由
 ある有力知財学者の説によれば、全国津々浦々に知財知識の専門家が行き亘るためには、弁理士一万人は必要であるという(このような専門家は別に弁理士でなくてもよいのだが)。このような主張は、見せかけの「業務拡大」を餌に、弁理士を独立性のある専門資格業者から、知財知識の提供サービス業者へと堕落させるものであり、少なくとも権利創設、活用から紛争解決までの一貫関与を目指す代理人弁理士(特許弁護士)から遠ざけるものである。第1次弁理士法改正の際、かの知財学者や官僚は、弁理士試験科目(択一)に民法、民事訴訟法を加えることに難色を示し、弁理士を一貫業務への道から遠ざけようとしたが、彼等はそのような弁理士の誕生を望んでいなかったのである。
 彼等権威筋は、法科大学院の教育を受けた技術系弁護士が、一貫関与型の弁護士(特許弁護士)としてすぐ適応できるとしていたようである。しかし、紛争解決を主眼とする弁護士と、国民の発明等から財産権をつくり、保護、活用し、必要に応じて紛争解決にあたる「特許弁護士」とは似て非なるものであり、現在のような万能型弁護士を基本とする過重な司法教育制度から、「特許弁護士」は制度的に(多数)生まれる筈がないのである。それが分ってきたため(あるいは最初から分っているため)、彼等は何としてでも多くの(技術系)弁理士に法科大学院に行って特許弁護士になってもらいたい。そのためには弁理士全体のパイは大きくなければならず、弁理士試験がもっと簡単になって合格者が増えなければならないのである(注1:政府専門調査会におけるかの知財学者の発言参照)。制度的には、米国のように弁護士といえども、弁理士試験に合格しなければ特許業務ができないようにすればよいのだが、この国の弁護士は「万能型」であるから、既得権(弁護士法第3条第2項)は決して崩そうとはしない。また司法制度から「特許弁護士」を生み出しやすくするため、司法試験の選択科目に「知的財産法」を加える動きがあるが、司法制度が知財を重視すると言ってもその程度であり、(特許法や著作権法を一緒にして)一般教養的に扱わざるを得ないのである。

一貫関与型の弁理士制度に反対する勢力
 しかし、一貫関与型を目指す弁理士に、法科大学院や司法修習のような「万能型の司法教育」を強いるのは、余りにも過酷な規制ではないだろうか。弁理士制度には、試験の簡素化、定数無制限など、過剰な規制緩和を実施し、あるべき「特許弁護士」に対しては弁理士からの参入規制を強化して、一貫関与型の弁理士の誕生を阻もうとする勢力は、この国をやがて滅ぼすものである。これこそ国益よりも省益(または学益)優先と言わざるをえない。米国の特許弁護士はすべて特許庁試験(弁理士試験)に合格した理系出身者で、司法教育は我が国の司法修習のように過重な規制はなく、またヨーロッパでは、専門化した弁理士の試験・研修制度を確立し、弁理士に侵害訴訟の単独代理権の道を拓いている。
 もっとも、かの知財学者や政府権威筋の言うまま弁理士試験制度の改悪を是認し、弁理士資格を得ても、将来の安定した生活が見込まれないような情けない制度にしたのは、筆者を含め先輩弁理士の責任でもある。その資格制度にとって時代が要求する能力を担保するための試験制度(参入制限)は正当であり、必要であることは、規制緩和の本家であるOECDが認めているのにである(注2)。ちなみに他士業では、規制緩和だからといって、たとえば司法試験や司法書士試験の試験科目が簡素化され、合格者が急増する試しはなかった。逆に司法試験ではプロセス教育が重視されて法科大学院修了が受験資格となり、司法書士試験では憲法が必須科目として追加され、いずれの士業の資格試験も時代に必要な手厚い改正がなされている。

急がれる弁理士試験・研修制度の改革
 合格者が急増し、崩壊しつつある弁理士制度を立て直すには、第1次弁理士法改正で平成17年に見直しが予定され、また第2次改正で付帯決議とされている一貫関与(単独代理)に向けての弁理士試験・研修制度の改革が急務である。
 平成16年5月16日の日本弁理士会総会において、今年度事業計画のキャッチフレーズである「夢のある弁理士制度・…外部への機動的対応」の趣旨について(加藤朝道会員の確認質問に対し)、その趣旨は「知的創造サイクル」に一貫関与するのに必要な業務範囲の実務能力、独立した専門職としての訴訟代理等紛争解決機能とを備えた新弁理士の育成のため、充実した試験・研修制度を基礎とする新弁理士制度の構築を推進する」ことであると確認されたのは意義深い。
 これに対し、残念ながら日本弁理士会が政府に提出した知的財産推進計画の見直しに関する意見(同年4月21日)には、弁理士試験の在り方と弁理士実務能力の担保について、知財専門職大学院の知識修得を弁理士試験と関連させるという消極的意見が述べてあるだけで、新弁理士制度や、上記の趣旨について全く触れていない。また日本弁理士会の特定侵害訴訟代理権の今後の対応についても、試験制度を改革してまで実現するか?受験規制、試験科目(民訴)の上乗せは困難?(同年5月19日付けテロップ)といった態度で、規制緩和(特許庁)に気を使って及び腰であり、これまでのところ新弁理士制度の構築についての積極的な姿勢が全く窺えないのが残念である。
 なお、新弁理士制度における試験・研修制度については、第1次弁理士法改正時に検討された諸案(前回の弁政連フォーラム、P38参照)など、訴訟代理については、例えば簡裁における司法書士の単独訴訟代理権のように、適当な事物管轄を定め、(特定侵害訴訟や、訴訟の目的額に応じ)弁理士に侵害訴訟の単独代理権を認めるようにすれば、担保研修もそれほど負担がかからず、またユーザーの利便性も高まるであろう。訴額が大きい場合は、弁護士との共同代理で(現在の附記弁理士で)対応できるからである。専門職大学院については、プロセス教育として従来の個別のOJT教育を大学で系統的に効率よく行うかどうかの問題で、弁理士の試験・研修とは直接的には関係ないのではないだろうか(受験資格とするなら別であるが)。
 いずれにしても、大袈裟ではなく弁理士制度存亡の時、政府与党の有力議員により弁理士制度推進議員連盟が立ち上げられたことは、日本弁理士会にとってチャンスであり、ここで立ち上がらなければ、明日の弁理士の夢は本当になくなってしまう。   
以上


注1:権利保護基盤の強化に関する専門調査会(第8回)議事録におけるかの有力知財学者の発言:
 「一般的にやはり優秀な人材をこの世界に呼びこむには一番いいのは資格ですね。弁護士はロースクールで今言ったようなことで理科系の人が行くので、それはいいんですけれども、もっともっと行ってほしい。また弁理士資格はもっと取りやすくして欲しい。戦略大綱では弁護士や弁理士の増員が何とか入ったんですけれども、これは今は入っていないみたいですけれども。やはり全体のパイが増えなければ夜間大学を作ったって仕事のほうが忙しくて勉強ができなければ、結局、司法試験は受からないですね。ですから弁護士、弁理士全体のパイをもっと増やして欲しいという、それをどこかに織りこんでいただきたいと思うんです。」
 
筆者注:この発言には、弁護士のパイは司法研修所の定員制から大きさが制限されるのに対し、弁理士のパイは、研修制度等がないので無制限であるという現実が隠されている。つまり、夜間の法科大学院で理系の学生がもっと増えて欲しい、しかし、仕事が忙しくて勉強する暇が無く、司法試験に受からなければ仕方がないので、仕事が暇な学生が増えるように、パイをもっと大きくして欲しい。そのためには弁理士資格をもっと取りやすくして欲しいということである。理工系でも最初から弁護士になろうとする人はわざわざ弁理士試験を受けるはずがないので、弁理士試験に合格した人が多く法科大学院に入って一貫関与型(特許弁護士)になって欲しいと期待しているわけである。しかし、現在の弁理士試験制度では、数だけ増えて弁理士の質が低下し、また質の低下した弁理士は、勿論、万能型弁護士にもなり得ないから、結局、期待する「弁理士経由の特許弁護士」は中々生まれず、この筋書きの結末(将来)は弁理士制度の崩壊しかないと筆者は思うのだが。

注2:パテント Vol. 51 No.9 p.2−3(1998)
  専門職の規制改革についてのOECDリポートでは、一定の能力を確保するための参入規制は正当であり、かつ必要であると述べるとともに、日本の司法研修所のような専門家養成学校の定員制による二重の規制は、能力確保のために必要であるとは思われないと指摘している。




        
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この記事は弁政連フォーラム第139号(平成16年6月25日)に掲載したのものです。
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