PF-JPA
弁理士の侵害訴訟代理権の付与を主張するため(または前)に
 
Takenaga Kawakita   
日本弁理士政治連盟
副会長 川 北 武 長
 
 
(1)はじめに
 弁護士の隣接法律専門職種のトップをきって改正された弁理士法は専権業務範囲の一部開放、著作権等の自由業務範囲の拡大という競争社会にふさわしいものとなり、さらに残された標題の弁理士の侵害訴訟代理についても、司法制度改革審議会で「法の担い手としての人的基盤の強化」の方策のひとつとして、他の隣接法律専門職種の要求事項とともに検討されつつある。
 
(2) 試験科目から見た弁理士制度
 ところで新弁理士法は、新しい弁理士を「技術法曹(または専門法曹)」としてではなく、従来どおり「準法曹」としてとらえ、試験科目として民法,民事訴訟法および技術系科目を必須とせず、代わりに著作権法、不正競争防止法を必須とすることにより、知的財産権法全般の専門家としての「準法曹」を生み出す制度となっている(「試験科目決定の経緯」については末尾資料参照)。なおここで「技術」とは、理工系技術のほかに意匠、標章等のような表現技術(アート)を含む広義のものとする。したがって新試験制度をみる限り、弁理士の「技術法曹」への道が途中で途絶えてしまったような感があるのは否めない。
 
(3) ロースクール構想と弁理士法2次改正
 このような状況下で、司法制度改革審議会のロースクール構想が早急に具体化され、米国のパテントアトーニーのような専門技術を有する「技術法曹」が多数生まれる状態になれば、ことさらに弁理士が侵害訴訟代理権を主張する理由はないことになるが、そのような状況になるにはどれだけ時間がかかるかわからない。まして新産業革命がIT、バイオ、ナノテクノロジー、環境を中心にドッグイヤーのスピ−ドではじまるという時代に、図体が大きくて歩みの遅い司法制度改革の一部に過ぎないロースクール構想(それも知的財産の位置づけ)の結果およびその人材養成期間をまっていては、「技術法曹」を焦眉の急としている産業界をはじめ国民ユーザーの期待に到底こたえることはできないと言わざるを得ない。
 
 このような現状認識に立てば、侵害訴訟代理を含む次の弁理士法2次改正では、弁理士は「準法曹」ではなく、「技術法曹」をめざす改革の立場を明らかにし、そのためには試験科目として工業所有権法のほかに少なくとも民法概論、民事訴訟法(および望ましくは技術的素養)を必須にすべきである。
 
(4)規制緩和の風は「神風」になるだろうか
 弁理士がその建前どおり「技術と法律(工業所有権法および関連一般法)」の専門家」であるとすれば、技術系科目も必須とすべきあるが、事務士業の「憲法」である弁護士法が改正されない限り、これを加えることは無理なように思われる。たとえば現在の弁理士法は弁護士の亜流(準法曹)として規定されており(弁護士法3条2項、弁護士は当然弁理士及び税理士の事務を行なうことができる。)、技術系科目(または技術系素養)が必須になると弁理士業務が「当然」できるとはいえなくなるからである。すなわち新弁理士法が抜本的改正であるといっても、末尾資料中のパブリックコメントが望むような規制緩和の風は吹いてくれず、それはあくまでも弁護士ギルドの枠内の改正であったことがわかる。司法制度改革審議会の審議の方向も、「国民の司法へのアクセスの改善」という視点から、あくまでも弁護士の不足を補完する立場から弁理士を含む隣接士業をみており、規制緩和の推進を強調して「弁護士法の枠」を越えるまでになるには、さらに一層の努力(または神風)が必要のようである。
 
 ところで今回の弁理士法改正は、弁理士の扱うことができる事務が画期的に拡張した点で評価されるべきであり、また他士業に先駆けて自由業務(他士業との競合業務)が拡大したことにより、「先行者利益」が得られるという思わぬ効果もあるようであるが(「パテント」、No.8、p.19、Vol.53)、これらの自由業務における競合的な効果は、拡大された業務に対するユーザーの利便性やサービスの質の向上には寄与するものの、弁理士の専権である工業所有権業務にはほとんど無縁のものに過ぎない。個人発明家や企業ユーザーが真に求めているサービスは、専権である工業所有権の権利創設から活用までのより質の高いサービスであり、他士業でも可能な著作権や種苗登録手続業務などではなかったはずである。言い換えれば、弁護士と較べてはるかに「適正人数」に近い弁理士の「限りない不足感」は、弁理士全体の技術・実務能力、契約から紛争解決までの民事法の知識・適用能力、外国対応能力のパワー不足から来るものであり、著作権等知的財産権全般の知識不足からくるものではない(「弁理士の適正人数」については、筆者の「パテント」、vol.51、No.12(1998)参照)。なお、弁理士の地域的偏在については、「ビジネス(アイデア)なき所に弁理士なし」であり(もともとアクセスの問題で、地域的な問題ではない)、医療や司法(人権保護など)の場合とは事情が異なるのである。世間の誤解を解くために敢えて言えば、弁理士は発明を生ませることは出来るかもしれないが、発明(ビジネス)を生むことまではできない。
 
(5)ロースクール構想における 「技術法曹」の存在価値
 特許等の工業所有権を扱う弁理士に技術的素養が必要なことは、世界的にも技術先進国ではスタンダードとなっている。ちなみに米国のワシントン大学ロースクールの竹中教授の話(特許ニュース、平成13年1月5日号)によれば、地元法律事務所が特に養成を望んでいる「知的財産権法曹スペシャリスト」の条件は三つあり、第一に法律の知識が豊富なこと、第二に弁護士であるが技術の知識を持っていること、第三にビジネスセンスにたけていること、をあげている。我が国でこのような「知的財産権スペシャリスト」に最も近いのは現在の弁理士であり、さらにはここでいう「技術法曹」である。「未来は、過去(歴史)の延長線上にあり」というように、知的財産権の中核である工業所有権についてすでに長年、審決取消訴訟代理権の実績のある弁理士にまずこの「技術法曹」の責務を担わせるのが効率的であり、国家経済的にも理にかなっているといる。米国から導入した日本流ロースクール構想で米国並みのパテントアト−ニーを産み出すには、相当の難産で、しかも相当の年月を要することが予想されるからである。
 
 ともあれ、我が国経済を支える産業技術の発展のために科学技術立国を国是とし、国際的にもプロパテント、すなわち知的財産の価値が高まるなか、巨額の予算を掛けた科学技術の研究成果である知的財産を扱う代理人が「技術と法律(工業所有権法および関連一般法)の専門家」であることは当然であり、また資格の相互承認など、国際的な見地からも必要な条件である。例えば我が国の知的財産に関し、外国で権利を取得し、契約等を通じて活用するにあたり、我が国の弁理士が欧米等の外国の弁理士と同程度のレベルでなければ、クライアントに対して十分な責任を果たすことができない。また我が国の個々の知的財産を扱う代理人のレベルが低いと、企業のみならず、我が国の国際競争力の差にもつながりかねない。(なお、弁理士に「技術的素養」が必要なことは、規制緩和や門戸開放に反することにはならない。何となれば、それは「弁護士の亜流」でない弁理士に必要な資質であるから。)
 
 侵害訴訟にも対応できる「技術と法律(工業所有権法および関連一般法)の専門家」(ここで述べる技術法曹)は、科学技術創造立国およびプロパテント政策から、国内のみならず国際的にも必要不可欠な存在であり、今後ますますその存在価値は高まるはずで、仮に日本版ロースクールに知的財産権コースができたとしても、それは変らないはずである。
 
 なお、弁理士の侵害訴訟代理を主張する場合、新弁理士法における業務の拡張(著作権法等関連業務)によって、一般に工業所有権のほかに著作権の侵害訴訟の代理権も含むのかどうかが問題になるが、工業所有権の侵害訴訟代理はもともとその一貫業務性から要求されるものであって、自然発生的な権利である著作権の侵害訴訟代理を要求するのは、弁護士の側から見れば夜郎自大であり、実績を積むまでは時期尚早のように思われる。
 
(6)司法制度改革審議会の「中間報告」(平成12年11月20日)について
 弁理士会が平成12年12月頃に全国300社(大企業100社、中小企業200社)に対して行なった電話アンケート調査によれば、弁理士に特許等の知的財産権侵害訴訟代理権が認められた場合の弁理士への訴訟代理依頼について、「弁理士のみに依頼する」、「基本的に弁理士のみに依頼するが、必要に応じて弁護士にも依頼する」と回答した企業が略70パーセント、また「弁理士単独による訴訟形態と、弁理士および弁護士による訴訟形態とを当事者が適宜選択できるようにすべき」と回答した企業が略82パーセントもあり、弁理士の侵害訴訟代理に対する企業ユーザーの期待度が非常に高いことがわかる。
 
 知的財産権は形のない財産権(無体財産権)であるため、損害賠償請求訴訟を起こすにしても、侵害の有無、侵害品の特定、、損害額の推定等の準備に時間と手間を要するので、通常は訴訟での請求の価額(訴額)が相当程度になってから訴訟を起こすことになる。一般に弁護士が裁判の代理人となるのを引き受けて損益が償うのは訴額が300万円以上といわれているが(たとえば鈴木良男「日本の司法 ここが問題」、p.52、東洋経済新報社)、知的財産権の場合はさらに高額になるものと思われる。司法制度改革審議会の北村レポート(平成12年8月8日)も、「特許等の侵害訴訟の金額は、比較的高額になることも多いと考えられる。したがって、弁理士の単独代理を認めるか否かについては慎重に検討されなければならない。」と述べている。
 
 しかし、高額訴訟の水面下には、訴額がある程度高額にならないと提訴することが出来ない数多くの紛争があることをこのレポートは看過している。、これらの潜在的な紛争は、いわゆる司法2割の世界で解決されるのであろうが、不当に安い金額で和解したり、いわゆる「泣き寝入り」に終わることが多いのである。たとえば知的財産権が侵害されて上記の訴訟準備をしている間に相手が侵害行為を止めてしまうと、その間の損害が上記金額以下の場合は、いわゆる「泣き寝入り」せざるを得ない。したがって知的財産権の場合、有体物に対する一般の請求訴訟よりも「泣き寝入り」の確率が高いといわざるを得ない。弁護士の外に補佐人として弁理士が必要な場合は、コストがそれだけ高くなるので、訴訟を断念する確率はさらに高くなる。これは、同じアンケート調査で、特許等の侵害を受けた場合、裁判所に訴える意思はあったのに「解決までのコストに賠償金額が見合わない」という理由で訴訟を断念(泣き寝入り)した企業が略38パーセントあったことからも窺い知ることができる。また特許等の侵害訴訟は、一般に対象物の特定、侵害論の審理、損害論の審理と進行するので、侵害論の審理までは特許等に無効原因がある場合など権利範囲の認定や、対象物との対比等、工業所有権法や技術上の判断事項が多く(発明等の権利の誕生から成立までを熟知している弁理士が関与する場面が多い)、この段階で事件が解決することも多い。
 
 したがって弁理士単独の侵害訴訟代理権が与えられるならば、侵害の状況に応じた合理的な代理人選択の手段をユーザーに与えることができ、比較的低額の訴訟でもコスト的に見合う確率がふえ(無効審判などを伴う場合は尚更)、「泣き寝入り」の救済に役立つのみならず、無体財産権に対する「侵害のし得」という社会的悪弊をなくし、知的財産権尊重の一般的モラルを醸成することにもつながる。また一般に資力に乏しい個人発明家や中小企業の知的財産権制度(ひいては弁理士)への信頼度が高まり、その誕生から成立までを面倒を見てきた弁理士は、まさに知的財産権の町医者的存在となり、司法制度改革審議会が目指す「国民(企業)の社会生活(活動)上の医師」としての役割を十二分に果たすことが出来ると思われる。。
 
 なお、前記北村レポートでは、弁理士に侵害訴訟代理権を付与することについて肯定的な意見を示しつつ、弁理士の単独代理を認めるか否かについては、前記の理由から慎重に検討すべきとしているが、個人発明家等の中小企業や国民の立場からいえば、高額訴訟の場合は弁護士、弁理士の双方を雇えばよく、侵害されたけれども提訴することができない、換言すれば不当に司法から遠ざけられている個人発明家等の「泣き寝入り」に較べれば、本質的な問題ではあり得ない。
 
 したがって弁理士の単独訴訟代理権の付与は、「中間報告」にあるように「信頼性の高い能力担保措置を講ずること」を前提にした上で、十分合理的な根拠があると思われる。
 
以上
    蛇足に一句
    大論文 書き上げてみれば 当たり前  (竹丸)                                          
 
末尾資料:新弁理士法における「弁理士試験科目」検討の経緯
(1)弁理士会編「第5回21世紀の弁理士制度のあり方を考える懇談会資料」(1998.9.18)より
 ・21世紀の弁理士像:「知的財産に関して技術、法律の専門的知識に基づく総合的判断から、ユーザーに対してコンサルティングサービスを提供できる、国際性を備えた人材」である。
 ・弁理士試験は、知的財産権関連業務領域に関する総合的判断力、@法律的知識と理解力、A技術の基礎的理解力の裏づけを見るための制度であり、試験科目として「理系科目は選択必須」である。
 
(2)工業所有権審議会知的財産専門サービス小委員会報告書(1999.12)より
 ・弁理士試験の改革の方向性として、「技術、法律のバランスのとれた素養が適切に評価され得るような試験科目のあり方を検討する。」
 ・具体的実施方針については、学識経験者、法曹関係者、弁理士等で構成される弁理士審査会において早急に検討を行うべきである。
 
(3)同上知的財産専門サービス小委員会報告書(案)に対するパブリックコメントで寄せられた関連意見
 )弁理士試験制度の改革に当っては、知的財産問題の適切な処理のためには、法律知識と技術の専門的知識が必要とされるという制度目的を損なわないような配慮が必要。
 )大学で理科系科目を専攻したことを前提とし、十分な技術的素養を有する者のみが弁理士となれるような試験制度に見直すべき。
 )技術者の評価については、学歴重視と実務経験重視というような世界標準化の動向が定着しており、大学の工学教育課程から離れて、独自の試験科目の工夫だけで「技術の専門家」の資質を評価しようとすることは問題。
 )弁理士試験制度の検討については、弁理士審査会という非公開機関ではなく、広くユーザー等の意見を聞く機会をもった機関を設けて、抜本改革に着手すべき。
 )弁理士試験の内容として、技術系科目は最低1つは必須化し、現行のような 細分化されたものではなく、機械、電気、化学等、その弁理士の専門分野が判断できるようなものが望ましい。
 
(4)新弁理士法の試験科目
  (1)短答式試験     工業所有権法四法、条約、著作権法および不競法
  (2)論文式試験     工業所有権法、技術または法律に関する選択一科目
  (3)口述試験(工業所有権法)
以上


この記事は弁政連フォーラム第98号(平成13年1月25日)に掲載されたものです。

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