PF-JPA




プロパテントの知財戦略に逆行する
審査請求料値上げに反対する
 
mori.tetsuya
  
日本弁理士政治連盟
会長 森 哲也 
 
 
 特許庁から、審査請求料の大幅値上げにより、審査請求数の減少を図ることが提案されている。
 現在一層深まるデフレスパイラルの中で、我国の産業は知財創造立国によって産業競争力の回復を図るべく必死の努力をしている最中である。このような情況の中で、審査の入口で大幅な値上げをすることは、産業競争力を強化し知財創造立国を図る知財国家戦略に全く逆行するものである。今値上げを行えば、立ち上がろうとする知財創造への国民の努力に水を差すことになり、我が国の産業は沈没しかねない危機的情況にある。

提案

 我々は、知財基本法に則り、知財戦略を国家戦略として推進することが、これに対する解決の唯一の方策であると信ずる。よって、値上げ案に代わり、短期的・長期的視点に立った制度上の方策を提案する。
@短期的視点
  審査遅延の一時的ピークの緊急緩和策
趣旨:審査官の実質増員を図ると共に審査請求の実質的減少と繰り延べを可能とする制度を導入する。
a.短期的雇用制度の活用による人的資源の弾力化と公務員特例法による増員
  ・経験者の再雇用
  ・弁理士(特に新合格者)・専門技術者の中途契約雇用(5年程度)
 審査官資格の規制緩和と養成の迅速化
b.調査請求制度の導入(出願全件の調査はしない)
  ・所定期間(3年程度)に調査請求しないときは擬制取下
  ・従来の審査請求料を調査料と実体審査料とに分割する。
  ・調査報告の公開(出願公開と同時)又は調査報告通知後所定期間(6ヶ月〜1年)に実体審査請求書を提出する(料金は後払い)。
c.実体審査請求料は7年以内に納付する。
(調査報告後所定期間内に実体審査請求されず7年以内に実体審査料も納付されないときは擬制取下)
d.調査外注の拡充(調査機関による技術経験者の再雇用・中途契約雇用等)
e.電話(TV電話を含む)によるインタビュー制度の確立
A長期的視点
a.審査官・審判官の継続的増大採用−公務員特例法による
b.審査官・審判官資格の規制緩和と養成過程の迅速化・合理化
c.知財における審査官・審判官と弁理士の人的資源の一元化
d.契約審査官制度の拡充定常化(弁理士、専門技術者等)
e.調査機関の質的・量的拡充(複数の調査機関により競争原理を導入)
f.出願人及び公衆からの刊行物提出の積極的活用−調査報告と関連させて審査の質の向上を図る。

特許庁の審査請求料大幅値上げ案に反対の理由

プロパテントの知財戦略大綱に逆行
 9月18日産業構造審議会知的財産政策部会第1回特許制度小委員会で「公平性の確保と審査請求厳選を促す料金体系の導入」と題して、「我が国の料金体系は、権利設定前の手続に係る料金が、権利化後の費用に比べて、国際的に見ても低額となっている。」との理由で、審査請求料の大幅値上げが提案されています。
 それに先立ち8月30日付の日本経済新聞朝刊では、『特許審査料2-3倍に』、『件数絞り期間短縮』、特許庁方針、の記事が掲載されました。
 それによれば、“審査料を引き上げるのは、日本の審査料が欧米より安いため、特許と認められないことを承知の上で、書類だけを提出するような出願・審査請求が後をたたないため。“と値上げの理由と欧米との料金比較が示されています。
 これを要するに、「審査期間短縮のため、審査請求料を大幅に値上げして、審査請求の厳選をうながす」、即ち、「審査請求料金の値上げをもって審査請求数の減少を図る」ものです。
 しかし、入り口で大幅に値上げして、審査請求の数を減らして滞貨を解消するというのは、どうみても知財戦略大綱の知財創造立国の戦略には逆行するものです。

[日・米・欧 知的戦略比較チャート(図)]

 我々は、値上げの前に考えるべきこと、打つべき対策がまだ多くあると考えます。

 産業競争力の強化をめざした知財戦略大綱に基づく知財基本法が次期国会に上程されようとする折りに、このような大幅値上げをすることは、知財創造のインセンティブを滅殺するものです。そして値上げの理由も当を得ておりません。

 第1に、米国(ケース2)(期間延長せず)と比較して、日本の出願及び審査関連費用は特に低いわけではありません。(米国の126,880円に比し日本は121,400円)

 第2に、米国の大幅値上げ案(「米国(決定案)」"21st century Strategic Plan"の高額の審査請求料を導入し、繰り延べ審査制とするもの)は本年7月18日の公聴会で大反対の結果撤回され、10月1日からの通常の料金値上げも未定となっています。

 第3に、欧州特許は加盟18カ国の広域特許であり、1国だけの日本とは比較になりません。

 第4に、審査請求期間短縮に伴う一時的審査請求量増大ピークは、7→3年への改正時に予想されていたことであり、この改正は、施行を1年半延ばすことにより、前倒し処理とサーチの外注によってピークは解消できるとの見込みで、成立したものです。その後の滞貨の増大は、企業にとって特許の重要性の高まりにより審査請求の数が増えたこと、他面として1出願の多項化;長大化、技術内容の複雑高度化等による審査負担の増大等の要因が相挨って生じたものと考えられます。これを審査請求料を2〜3倍に値上げして無理に減らそうとしても、知財創造のインセンティブに水を差すものであり、また審査ピークの解消にも役立ちません。

第5に、日本企業の出願は欧米のものと比較し、本当に質が落ちているとは
いえないことが、庁の統計から明らかです。
(1)特許庁は、研究開発費と国内出願人による出願件数とを、以下のように対比している。
  (日本) 研究開発費 16.3兆円、出願約39万件
  (米国)   同   28.5兆円、出願約18万件
  (欧州)   同   20.6兆円、出願約15万件
しかし、米国と比較する場合は、日本の出願件数より審査請求件数がベースとなるべきであり、審査請求約25万件中、外国の出願人が約2割(1999年の出願に占める外国出願人の割合は18%)とすると、国内出願人の件数は20万件となる。
また、欧州は、欧州特許出願以外に各国の国内出願が、例えば、ドイツ約5.2万件、イギリス約2.5万件、フランス約1.4万件などある。
これらを総合すると、必ずしも日本の出願が水増し状態とは言えない。
(2)さらに、我が国の内外国人別に特許登録状況を見ると、内国人10.9万件に対し、外国人1.2万件であり、比率的には内国人100に対し、外国人11.3となる。この数値を出願件数の場合と比較すると、出願件数においては、内国人38.7万件に対し外国人5.2万件であり、比率的には、内国人100に対し、外国人13.5となる。
  以上より、内国人対外国人の比率が、出願件数より登録件数において若干低下しており、外国人の出願の質は、内国人のものと比較して、同等若しくはそれ以下と言えると考えられる。

 第6に、企業の厳選努力による審査請求の減少は限界に達しているのではないか。
 特許庁資料「出願年ごとの審査請求件数、特許査定件数及び特許率の推移」を見ると、審査請求7年間というタイムラグはあるものの、審査請求はほぼ横這いであるのに対し、特許率は年々上昇しており、しかもここ数年はほぼ飽和状態にある現状から、企業に対して審査請求の厳選を求めることは、これ以上困難な状況にあると考えられるのではないか。むしろ、同資料「日米欧三極特許庁における特許率」の日本55.4%、米国71.2%、欧州75.6%は、各国特許庁の審査の質の違いが大きく影響しているのではないか。
 特許率は、特許庁側の審査官の判断に大きく依存しており、審査結果の質に対する評価として、異議申立及び査定不服の状況についてみると、異議申立件数は、1998年の6,130件が2001年の3,536件へ、約2600件減少したのに対し、査定不服審判請求件数は、1998年の13,675件が2001年の19,270件へ、約5600件と上昇している。したがって、我が国の現状においては、審査請求数に対する特許率のみで、出願(特に審査請求された出願)の質を評価するのは、むしろ実態を誤って評価する危険性がある。

第7として、税金に例えれば、審査請求値上げ案は、「税の先取り増税−後で減税」というのが今回の値上げの本質です。こんなことが国民に受容れられるはずがありません。

第8に、特許権は独占排他権であり、1人特許をとると他の者は全て実施を制限されます。従って独占的な権利を与えられた特許権者が相応の社会的費用の負担をすることは、社会的に見て全く公平であると考えられます。

 かくて今や、短期的視点と長期的視点とに立った思い切った制度上の転換が必要です。




この記事は弁政連フォーラム第119号(平成14年10月25日)に掲載されたのものです。

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