PF-JPA

知的財産戦略本部
ワーキンググループ(検討会)で
策定されるべき事項に対する提言

Tetsuya Mori
日本弁理士政治連盟
会長 森 哲也


日本弁理士政治連盟は、添付の「知的財産戦略基本チャート」に示唆するように、以下の事項が、知的財産戦略本部ワーキンググループ(検討会)において策定されることを提言します。 
                   
1.グローバル市場を前提にして
 Adam.Smithは、講学上で「完全市場モデル」を想定し、市場価格は「見えざる手」によって最適状態に定まるとする。この「完全市場モデル」とは、規制のない完全自由市場のことであるが、わが国も規制改革によってこの市場モデルに近づけようとしている。新古典派経済学の観点からすれば、この「見えざる手」は、ニュートン物理学の「固体の最適化」と「系の予定調和」という物理現象として説明できる。
 「完全市場モデル」は、自由な経済行動ができるアナーキーな世界であるから、市場は価格競争の連鎖現象を起こし、物理現象として最終的にはデフレーション状態で終息してしまう。キャッチアップ型の価格競争的経済行動が横行したわが国の現在の市場状況に似ていないか。
 ともあれ、このような状態を脱するための手段として、John M.Keynes は、国家が財政的に市場介入したり、規制手段を講じたりして市場にポテンシャリティ( 落差) を形成することで活性化し、Joseph A.Schumpeter は、「技術革新」を起こして市場にポテンシャリティを形成することで活性化する。
 スミスも新古典派経済学者もケインズもシュムペーターも、みな市場の本質を突いている。特に、シュムペーターの「技術革新」は、規制改革とグローバル化が進展する現在の市場を活性化する手段として最も適切な示唆である。
 しかし、「技術革新」を起こすだけでは市場は活性化しない。何故なら、それだけでは、依然としてAdam.Smithの世界であり、自由な市場でのキャッチアップ型価格競争的経済行動を抑止できない。つまり、先行参入の利益が確保できるのはほんの一瞬で、あとはキャッチアップの連鎖に蹂躙され、結局は価格は利益を生まない最低のところに落ちる。かくして、技術革新をする者が市場から消滅する。
 ここに一定の期間、一定の範囲で知的創造物を独占させて、先行参入者に利益を確保させるシステムである知的財産権の意義をみることができる。
 グローバル市場の進展でWTO体制が成立し、それによって、物品(有体物)の貿易(GATT)から、人の精神活動の所産であるサービスと知的財産(無体物)の貿易(GATS.TRIPS)へと、価値のパラダイムシフトが起こった。
 わが国は、アメリカ、ドイツと並んで多くの多国籍企業を輩出して相手国に深く入り込んでtrans-nationalな経済行動をする国となっている。わが国の多国籍企業は、わが国の国益のための現地プレゼンスでもあるから、グローバルな市場規範となった知的財産権に関しては、企業戦略、ひいては国家戦略の手段として駆使できるように制度的整備をしなければならない。
 知的財産基本法は、このような市場原理の中でわが国が国家として生き延びてゆく術として、極めて意義の深い法律である。いわば、国家百年の大計である。

2.国際戦略
(1)米・欧・亜・ユーラシアの対四極国際政策の推進
  <アジア特許庁構想へ> 
 わが国は、地勢学的・歴史的に、ユーラシア大陸中心部( 中国・ロシア) から、いわゆるLand Powerを受けてきた大陸周辺沿海部に位置付けされる。このことは、海洋に活路を求めてきたヨーロッパ諸国と巨大な島国アメリカと共に、いわゆるSea Power の地域に属することを意味する。
 「アジア」の概念は元より不確定である。わが国が国家戦略上「アジア」という場合は、わが国と共通の基盤にあるSea Power の大陸周辺諸国とするべきである。すなわち、日本・韓国・台湾・アセアン・ APEC諸国が基盤となる。
 したがって、知的財産の国際戦略は、アメリカ、ヨーロッパ、ユーラシアを意識して、韓国・台湾・アセアン・ APEC諸国と共にアジア特許庁( アジア知的財産権庁) の創設に向かうべきてある。これは、わが国がアジア経済の盟主となるための礎となるだろう。この場合に課題となるのは、先ず日本特許庁が、知的財産分野における国際関係を反映した真の競争力政策を提言できる視座と能力を身につけることである。
 なお、ロシアが、独立を果たした旧ソビエト連邦諸国を再び糾合してユーラシア特許制度を創設し、既にそれが稼働していることへの認識はこの際重要である。
 
(2)グローバルな問題に関する条約とFTA政策
  <国益の確保と配分>
 わが国は、アメリカ、ドイツと並んで多くの世界企業を輩出しており、International の域を越えて相手国に深く入り込み、Trans-nationalな経済行動をしている。従って、既に我々はグローバル市場の担い手なのであるから、グローバルな問題を対象とする条約と、相手国との契約手段であるFTA(自由貿易協定)とを、戦略手段として駆使しなければならない。
 生物多様性条約は、その第15条から第19条に、生物資源に国家主権が及ぶことや、知的財産権でアクセスするためのルールを規定している。この他に、グローバルな問題に関する条約やフォーラムは多数あるが、例えば、植物品種保護条約、気候変動枠組み条約(京都議定書)、GATS(資格相互承認問題)、ハーグ国際私法会議(国際裁判管轄問題)は、知的財産に密接な関連を有する。
 これらの条約やフォーラムを戦略的に活用して、知的財産マターをFTAに組込む。これによって、特に途上国の多いアジア諸国と国益を分かちながら、彼の国々をWTO体制のルール(TRIPS)の下に繁栄できるようにする。そのための「戦略マニュアル」を検討する必要がある。
 この政策を推進するには、種苗法の改正・農業改良指導の強化、生物遺伝子関係、環境技術開発の推進、資格国際化関係の法整備、民訴・法例などの改正も視野に入れなければならない。
 
(3)知財国際フォーラムの主催
  <常に知財の世界でイニシアチブを>
 常に知財に関しては先見的視点を保ち、その視点で捉えたイシューとソリューションを世界に発信する活動を続けることは、わが国が「知的覇権」を唱えるために重要である。これには、わが国を世界の知財フォーラム国とし、知財に関するデファクトスタンダード・デジュールスタンダード形成の場とするべきである。

3.創造戦略
(1)知的創造者への格別な配慮
  <一億総国民の知的創造者化を目指せ>
@発明者・デザイナー、文学・音楽・絵画などの著作者が、雇用者や隣接権者との立場の違いで不利な扱いを受ける傾向がある。知的創造活動は人間の精神活動が中心となるから、この社会的なハンディキャップを是正して両者のバランスをとることが重要である。発明者の場合は特許法35条の職務発明に関する規定の改正あるいは運用基準の策定が、また、著作権についていえば、著作権・著作隣接権調整法のような法的整備や、著作権関係契約マニュアルの策定をしてその中で知的創造の対価の特別に扱う制度的整備が必要である。
A研究者・技術者を重用しなければならない。そのため、研究者・技術者は、定年退職後も再雇用が容易になる環境の整備が必要である。加えて、わが国に、世界から知的創造者が集まる環境を整備することも重要である。アメリカのように、あるいはアメリカ以上に開かれた知的創造立国をするのでなければ、世界において知的覇権は取れない。知的財産権や国際法の世界には、内外人平等の原則があり、これを戦略的に駆使して国益に繋げるのである。
  なお、既にシンガポールがこの政策を打ち出し実行に移していることを、ある若手の有力学者は危機感をもって指摘していた。もって銘すべしであろう。
 
(2)社会教育・低学年からの学校教育・刑務矯正の現場で知的創造活動を指導する体制を徹底整備する。知的創造活動は、人の精神を創造的な方向に向けて正す作用があるので、刑務矯正の現場でも有効である。また、社会教育や学校教育の現場で知的創造教育を徹底すれば、国民が知的財産を獲得できるポテンシャリティが大きくなる。
 
(3)知的創造立県の推進をする。これには、国においては地方分権の流れを推進し、地方自治体においては知的創造の奨励と産業化を誘導する知的創造条例の制定をするべきである。
 
(4)ベンチャー・中小企業の知的財産活動支援
  <新事業創出促進法の改正>
a.ベンチャー・中小企業の知的財産活動を支援する制度の確立が必要であるが、幸いにもわが国には新事業創出促進法がある。ただし、この法律には知的財産の側面からの規定はない。したがって、この法律は次の諸点からの改正をすることによって、効果的な制度的インフラとなるはずである。
   @知財担保の融資保証
   Aエンジェル税制改革
   B知財証券化による直接金融の促進
   C知財を保有する者の優先的な雇用促進
b.小規模団体(small Entity)優遇制度を導入しそれを徹底して運用することが必要である。
  米国特許制度には、個人の発明者や、関連会社を含めて従業員500 人未満規模の企業又は非営利団体( 大学、研究機関を含む。) に対しては、出願料や特許料を一般の半額にする制度があり、広く世界の出願人に適用されている(37CFR 1.8d)。
  わが国には、一見そのような中小企業優遇措置があるが、赤字決算が3 年続いた企業でないと適用しないとかのある種の実績がないと適用にならないなど様々な条件が付けられていて、実際には機能していないといってよい。従って、もちろん、ベンチャービジネスや個人はその適用がなく、如何にかたちばかりのものであるかが分かる。
  特許庁では、中小企業の優遇措置を検討するとはいっているが、「中小企業」の括りを残すのであれば、条件緩和あるいは撤廃をしたとしても現行と大して変わりのないパッチワークになる可能性がある。
  従って、米国並みの徹底した小規模団体(small Entity)優遇制度を導入しなければならない。
 
(5)学の産業化<学問を金の卵に>
 国・公・私立の大学をはじめ、研究所、専門学校、高等学校、工業試験所などの研究機関の研究開発に対する格別の予算措置をしなければならない。これは、既に、総合科学技術会議が方向づけをしている。できるだけ広い範囲の研究機関が、その恩恵に浴せるように政策を進めるべきである。この場合、研究開発の成果物を知的財産権化するための、具体的な予算措置が必要である。大学に、知的財産推進本部を設けて、知財の掘り起こしから産業化にわたって施策を展開することである。

4.保護戦略
(1)特許の審査・審判体制の強化
  <質・量ともに世界一をめざせ>
 アメリカ合衆国特許商標庁の特許審査官は3, 000人、日本特許庁の特許審査官は1, 100人で、出願件数は日本が世界一。彼の国の特許庁審査官は、第一回のaction letter(拒絶理由通知書) として少なくともも5 頁位の詳細なものを、平均して出願から9 カ月位で発行する。これに対して、日本の特許庁審査官は、第一回の拒絶理由通知書として大体1 頁そこそこのものを、平均して18カ月は過ぎてから発行する。この差は、審査処理の量と質の差を表している。このままであれば、世界の特許出願が雪崩をうって北米に流れるだろう。
 そもそも、審査請求期間を7年から3年に短縮したことから問題は起こった。審査の滞貨が急増し、審査官の能力を越えてしまっているというのである。
 特許の存続期間は出願日から起算するようになっているので、出願人の側で7年間の審査請求期間を目いっぱい使って審査請求の可否を検討しても、特許独占の期間を不当に伸ばすような不都合はなかったはずである。してみれば、審査滞貨は、審査請求期間の延長制度の採用で大方解決されるはずである。
 
 特許制度で知的覇権を取るには、先ず日本に特許出願をするのが一番、というインセンティブを制度の機能の中に形成することが必要である。それには、審査官の人海作戦しかない。知的財産を国家戦略とするならば、その論理で審査官・審判官という兵力を増強することができるはずである。審査官・審判官の定員と給源の特別法をつくり、審査官・審判官を大幅に増強しなければならない。これは、知的財産基本法に付された附帯決議においても宣明され、経済産業大臣による政府答弁にも示されている。
 また、知財人材給源の一元化を進め、例えば、いま大幅に増えつつある弁理士の若手を、何らかのかたちで審査の実務に関与させること、そして、実質的にPCT、EPC、ドイツで採用しているように、調査請求前置制度の導入などの工夫も可能であろう。
 ただし、決して、出願人の経済的負担を権利化の過程で増大して審査請求行動を抑制するような策を採ってはならない。それは、明らかなアンチパテント政策である。
 
(2)紛争処理基盤の強化
  <世界一の知的財産専門裁判所構想を目指せ>
@最高裁を終審裁判所とする知的財産専門裁判所を設ける必要がある。
  これは、特許庁の審決取消訴訟や知財民事を専門に裁く裁判所である。つまり、地裁レベルの第一審と、高裁レベルの第二審とを備え、第一審は巡回管轄権を有して地方裁判所やその支部、簡易裁判所を法廷とするものとし、第二審では、控訴事件と審決取消訴訟事件とを裁き、且つ、重要な事件についての判断基準を統一するための大法廷(en-banc)をアドホック的に設けることができる。この知的財産専門裁判所は、法律裁判官、技術裁判官、専門参審員、調査官、書記官などで構成される。これらの人材確保には、経済産業省(特許庁)、文部科学省(文化庁著作権課)、日本弁理士会、日本弁護士連合会などの知財専門家を想定した「知財人材給源一元化」が制度的に具体化される必要があろう。
  かくして、知財事件は迅速かつ適正に裁かれ、判断も統一されることになる。知財裁判の国際競争力を視野に入れた改革である。
  現在、東京高裁を知財高裁として専属管轄化する議論が行なわれているが、知的財産専門裁判所構想に向けての途上のものといえるので、速やかな実現が望まれる。なお、これには、地方の知財裁判の空洞化を理由に反対する議論があるが、少なくとも、地方裁判所の管轄が現行のままであれば空洞化は起こらないはずである。地方の問題は、最終的に巡回管轄制度の確立で解決される。
  この構想の実現には、民事訴訟法、裁判所法、知的財産各法の改正や立法が必要になってくるが鋭意進めなければならない。何故ならば、既に、韓国、タイ、シンガポールなどが類似の裁判所構想を実現しているのである。
AADRの機能を拡充する必要がある。現在の国際社会では、典型的には知財の国際仲裁機関を自国に設置して、知財の民間レベルでの司法的判断の覇権をとる競争がなされている。わが国では、日本知的財産仲裁センターや国際商事仲裁センターがあるものの、産業界での仲裁に対する理解不十分、仲裁関係法と代理人制度の未整備などが原因して、未だに十分な国際競争力があるとはいえない。産業界への働きかけと共に、早急にANCITRAL模範法の示す方向の改革をするために仲裁基本法の制定と代理人制度の整備が望まれる。
 
(3)違法コピー・特許権侵害品などの水際流入抑止政策
  <日本版ITC構想> 
 とりわけ、特許権侵害品は、その白黒が外観から判断できない。そのため、税関には、技術的なバックグラウンドと、見本に対する審査権限とを有する審査官・審判官を配置し、その認定に対する迅速な審理ができる準司法機関(日本版ITC)を設ける。このため、税関知財審査法(規則)の手当てが必要となろう。
 この場合、申立人と被申立人との代理人は、知財の専門家である弁理士と、弁理士登録をして知財事件を扱うことのできる弁護士とする。そのために、弁理士法と弁護士法とのハーモナイズした改正が必要である。
 
(4)技術・技能・ノウハウ・防衛技術の国外流出の抑制
  <戦略的技術供与>
 現在は、特に定年退職した技術者・技能者が海外に流れ、単なる雇用契約レベルの対価で技術・技能・ノウハウが海外に流出している。これでは、営々と築き上げてきた技術の集大成を、国益と無関係に他国に与えることになり、国際社会でイニシアチブをとるためには大いにマイナスである。
 防衛関連技術においても、防衛政策と特許出願との関係を研究する必要がある。米国では、特許法には、米国を第一国とする特許出願を外国出願する場合には、特許商標庁の許可が必要であることや、秘密の保持・発明者への補償の規定がある。
 したがって、技術者・技能者の再雇用法の制定や、防衛秘密保護法の拡大改正と特許庁との連携制度の整備が必要となる。
 
(5)特許対象の拡大
  <医療発明(再生医療)と生命倫理の関係>
 人体あるいはこれから分離したものをを構成要素とする医療発明には、生命倫理との関係から、特許対象より外すバイアスがかかるか、あるいは、医療現場から特許権の行使への掣肘をかける議論が出される。現に、わが国では、特許法第29条の「産業上利用できる発明」ではないとして特許拒絶の対象にする。
 しかし、人体であろうと自然界の一部であり、また、医療も産業たる側面がある。そうであるならば、この分野の発明を特許の対象とするのが理論的帰結であって、医療技術の発達のためにそうするべきである。
 例えば、人体から分離した遺伝子を利用して、極端な場合としてクローン人間を造り出すようなことが、生命倫理(道徳)に反するものであるとされるならば、そのことが、法規範である特許法第31条の「公の秩序、善良の風俗又は公衆衛生を害する発明については、・・特許を受けることができない。」に該当するか否かを問題にするべきであって、これと関係なく頭から「特許するべきでない。」と決めつけてかかってはならない。
 また、医療発明が特許された場合の、医療現場への特許権行使についてルール構築が必要となってくる。何故ならば、医療は人間の生命維持手段としてパブリックドメインであると考えるべき側面がある。
 そこで、価格の抑制的制御をするためには、特許法93条の公共の利益のための通常実施権の裁定制度における運用基準を、この観点から策定することは有益である。
 また、その発明を使って医療行為をすることについては、特許法69条の特許権の効力が及ばない範囲の中に明定することも一策ではある。しかし、その発明が、装置や医薬類を用いない純粋の医療行為である場合は、これを特許権の効力が及ばない範囲として設定してしまうと、その分野の発明のインセンティブを損なうことにもなる。従って、その場合は、特許権の効力の及ばない範囲とせずに、医療費の中に特許発明の実施料を組み入れる制度とするべきである。

5.活用戦略
(1)知的財産評価実務の推進
  <知的財産の会計資産評価で経済活性化を>
 これには以下の事項が研究されるべきである。
   @知財の融資担保能力
   A実施許諾の支援
   B譲渡流通の支援(信託法の改正)
   C裁定実施制度の利用促進と基準の策定
   D企業会計上での勘定組み入れ方法の策定
    (商法・財務諸表規則の改正)
   E知財の証券化
 
(2)産・官・学連携の強化<学の産業化の実践>
 国・公・私立の大学をはじめ、研究所、専門学校、高等学校、工業試験所などに、知的財産を扱う特別な部署ないし担当をおいて、生まれた知的財産の産業化を実践する。このため、次の諸点の制度設計が必要である。
   @民間専門家(弁理士・弁護士・インハウス専門家など)の積極的関与の制度構築
   A弁理士法上での弁理士の権限拡充と義務の明確化
   B日本版バイドール法の拡大適用
   C契約様式の調査・研究

6.人的基盤の整備(知財人材一元化)
(1)弁理士制度の更なる整備
  <国際競争力のある制度に向けて>
 平成14年の改正弁理士法は、能力担保措置を受けた弁理士に対して、「弁護士が受任する事件に限り」「特定侵害訴訟」について訴訟代理権を付与するとした。
 弁理士の知財に関する訴訟代理権付与の社会的要請は、制度始まって以来、徐々に高まり、特許等侵害訴訟補佐権の付与を経て、先ずは審決取消訴訟代理権の付与となって実現された。社会がその実績を評価し、平成12年の改正弁理士法に付された附帯決議によって、特許等の侵害訴訟代理権への道がつけられた。そして、ついに平成14年の弁理士法改正により、弁理士に能力担保措置を施した上で、特定侵害訴訟代理権が付与されることになった。
 ところが、能力担保措置に関してはともかく、「弁護士が受任する事件」に限り、かつ「特定侵害訴訟」の範囲に限る、という限定が付いてしまったのはどうしたことであろうか。制度改正に最も責任のある日本弁理士会の主張の仕方に、反省の余地はあると思われる。弁理士の知的財産に関する訴訟代理権の主張は、社会の要請、換言すれば、知的財産国家戦略の一環であって弁理士のエゴではなかったはずである。
 案の定、この改正弁理士法の附帯決議には、単独で受任できて知財全般にわたる訴訟代理権の方向づけがなされ、このことは、平成14年11月に成立した知的財産基本法に付された附帯決議でも、重ねて確認された。
 これを要するに、「弁理士の知財専門弁護士化」である。この方向の改革は、現在でも実質的に国際的な活動をしている弁理士を、資格枠組みで国際競争力のあるものとなす。これによって、発明等の権利化への誘導、権利化手続での専門性と市場感覚、そして国際感覚に優れた知財法曹が弁理士制度を起点として創造される。
 これは、来るべきGATSの資格相互承認問題に対応することになるので、できるだけ早く実施されるべきである。中国を含む周囲の国々でもこの動きが起きつつある。
 
(2)「弁護士の弁理士化」
  <一般法知識に裏付けられた知財専門の弁護士>
 弁護士法第3条2項に、「弁護士は、当然、弁理士・・・の事務を行うことができる。」と規定してある。高度に専門的な分野である弁理士の事務(業務)を、一般法曹である弁護士が研修ひとつ受けずに行なうことができるとする規定は、そのこと自体が矛盾しているし極めて非現実的で傲慢ですらある。
 一方、弁理士法第7条により、「弁護士となる資格を有する者」は弁理士の登録ができるとされている。これは、弁理士業務も法務であるから妥当な規定であるが、そのようにして生まれた弁理士は専門的能力に欠ける。してみれば、この弁理士法の部分改正により、弁護士は弁理士研修を受けて弁理士登録ができる、とすれば、一般法知識にも裏付けられた実力のある「弁護士・弁理士」が誕生することになる。
 このように、弁護士法と弁理士法との二側面から制度改革をすれば、わが国の知財専門代理人のインフラは、国際的にも機能的にも傑出してユーザーフレンドリーなものとなる。弁理士と弁護士のどちらを選ぶのか、あるいはその両方を選ぶのかは依頼人の選択に任せられる。
 
(3)専門職大学院・知的財産センター
  <主として弁理士・弁護士のために>
 知財に関する専門職の養成には、専門職大学院が好適である。この教育機関と、弁理士の資格(あるいは「弁理士の弁護士化」)そして「弁護士の弁理士化」を関連させる。また、知的財産センターは、広く知財に関係する人達が自由に研修を受け、また研究をする機関とする。このような教育・研究機関によって、わが国の知財人材は大幅にレベルアップする。
 
(4)裁判官等の専門化
  <知財司法の国際競争力のために>
@先ずは、裁判官の適材適所人事を実現するために、先ずは、知財高裁構
 想を実現し、そこに知財研修所を設けて裁判官に対する一元的で集中した研修
 を行なう。
A巡回管轄構想により地方事情に配慮する。これは、商標・意匠・著作権
 などについて特に有効である。
 
(5)パテントパラリーガル
  <知財人材の裾野を拡げよ>
 国家資格者である弁理士や弁護士の他に、知的財産法一般についてある程度の高い知識を有する者を社会の各分野に配置することは、この国の知的創造立国にとって必要なことである。そのために、「パテントパラリーガル」としての知識検定制度は有効な制度である。それには、とりわけ、次の分野の者を対象とするのが有効である。
   @特許事務所の履行補助者
   A法律事務所の履行補助者
   B企業・研究機関の知財部員
 
(6)知財資産評価人制度
  <知財の真の財産化と企業資産会計の活性化>
   @弁理士
   A弁護士
   B公認会計士
   D税理士
   E評価機関

7.喫緊の問題として:権利化手続の迅速化手段
(1)「公平論(均衡論)」で審査請求料の大幅値上げ
 知的財産基本法第14条には、発明の権利化手続の迅速化を目指して審査体制の整備その他の施策を講ずることが規定されている。
 審査請求期間が7年から 3年に短縮されたことが主な原因で、審査請求される事件が急増滞貨した。そこで、特許庁は、特許料と審査請求料との比率が、3:1となっているので1:1に近づけ、両者の「公平(均衡)をとる必要があるということを理由にして、審査請求料を現行の2倍から2.5倍に値上げし、この負担増によって審査請求の数を減らし、効率的に審査を行なうようにと計画を進めている。つまり、先行技術調査をせずに出願され、拒絶理由通知を出しても応答がない事件(「戻し拒絶」といっている。)が、審査請求される全体の約二割あるとした上で、審査のエネルギーの無駄を避けるためにこれらを減らし、よい発明を早く権利化する高循環を達成し、もつて産業競争力強化に尽す、というのが特許庁の論理である(この場合、問題の「戻し拒絶」事件は、「健全な出願?」をしている出願人にもあるので対処が難しいとのことである。)。
 
(2)特許料と審査請求料の「公平論」はあらぬところでの公平論
 しかし、この「公平論」は、あらぬところで公平論を展開していることになる(なお、弁政連の出したパブリックコメントのこの点に関する主張は、見事に公表から外されている。)し、しかも、出願どうしを考えても、残り八割の健全な出願の発明(研究開発の成果)に大増税の負担を課する理不尽な方法に他ならない。
 特許料は、特許制度の真の受益者である特許権者が権利維持の必要があれば払うし、またその義務がある。しかも、これは、行政コストとは無関係な料金であり、「Eigentum verpflichtet.所有は義務づける」というローマ法以来確立された法原理によって、制度維持のためと、独占者・非独占者間の公平の正義として、世界各国で歴史的にも支持されてきた。換言すれば、特許権者は、真の受益者として特許料を払い、それによって特許制度を維持し、新たに出願人が特許制度に参入することができるようにする義務がある。従って、その特許料を安くして、行政コストとして最小限度で考えるべき審査請求料を上げることは、本末を転倒して制度を世界に類をみないほど歪なものにしてしまう。
 
(3)原理・原則を逸脱して歪な制度とパッチワーク
 特許庁は、中小企業向けの審査請求料減額や、特許料・出願料の値下げなどで、特許権者となった後も含めたトータルのコストで負担増にならないようにするとしている。
 しかし、特許出願は中小企業もするが、中小企業同様に、様々な観点から合理化に生き残りをかけている大企業もするのであるから、本来的には平等に扱うべきものである。敢えて中小企業に関していえば、運用基準と中小企業の概念基準が硬直的にならざるを得ない。そこから外れた企業、ベンチャービジネスや外国、特にアジア諸国からの出願人にはどう対応するのか。国際関係では内外人平等の原則を遵守されなければならないのだが。綻びのくる運命のパッチワークであるとしかいえない。
 
(4)米国の動きと比較して
 因みに、審査請求料の値上げが打出された当初からごく最近までに比較の対象として挙げられていた米国の値上げ案は、昨年の10月に議会の大反対にあって廃案となった。そして、我々が入手した最新情報によれば、米国では、全件審査の体制を維持しながら、先行技術の調査と実体審査とを分け、出願料 300ドル(35,400 円)、サーチ料 500ドル(59,000円)、審査料 200ドル(23,600円)とする案が2月3日に公表された。これによれば、出願から査定に至るまでの出願人が負担するトータルの費用は、合計1, 000ドル(118, 000円)程度であって、特許料と出願中にかかる費用の比も5.6対1であり制度本来の原則とかたちに則っている。
 これで、わが国は特許制度を歪にして、世界一高い特許出願関係費用の選択をしようとしていることになる。アンチパテント・ 逆噴射施策であることは明らかであろう。
 
(5)世界一高い権利化費用の負担での国際競争を戦えるか
 まさにいま、知的財産基本法の理念が空転したまま、実際の措置はあらぬ方向に走り出そうとしている。世界一高い審査請求料で、知的財産国家戦略が展開できるのか、日本の特許制度は国際競争力があるのだろうか、アジア地域で日本は知財のリーダーとなれるのだろうか。
 水は低きに流れるの譬えのとおり、彼らは雪崩をうって米国その他の特許制度に向かい、日本の特許制度を相手にしなくなるのが目に見えている。
 
(6)知的財産法に付された附帯決議の正しい理解と現場の声
 知的財産基本法に付された附帯決議の「出願人のトータルとしての経済的負担が権利化手続の障害とならないように配慮すること」は、文字通り「権利化手続」上のことであり、それを通り過ぎて「特許後」のことを意味しない。
 何故なら、「権利化手続」上にあるのが「出願人」であり、その経済的負担を対象にしているのであれば、出願人の立場を通り過ぎて「特許権者」になってからのそれは対象とはならない。発明が、出願→審査請求→審査→特許という経時的過程を踏んで権利化され、出願人は、権利化手続のコストを先ず時間軸で捉える参入者であり、特許権者は、制度維持のため特許料を支払う受益者である。この附帯決議は、特許制度の本来の姿に根ざして策定されたものである。
 特許庁は、審査請求料の大幅値上げの代わりに特許料を値下げすることが、この附帯決議の趣旨に反しないとしているが、牽強付会の誹りを免れない。
 大手メーカーの知財部長さん達は、インハウスの専門家であるから当然に参入規制的な措置はおかしいと口を揃えていっておられる。これが現場の声である。
 
(7)現場と乖離する産業団体代表の方々の意見
 産業構造審議会の特許制度小委員会では、発明とその権利化の奨励という特許制度の本質的なことからはかけ離れた「コスト」論を軸にした「公平論」が趨勢となり、僅かな異論はあったものの、審査請求料の値上げは所与のものであったようだ。
 ここで大切なのは、産業界の代表の方々の主張であるが、政権与党(自民党)のヒアリングでは、案の定、大方が本質的なことや知財現場の声とは乖離して、ほぼ値上げに賛成ととれる意見であったと、特許制度の意義を理解し産業界に通じた議員が憤慨しておられた。こうなると、正しい制度創りには、政治の良識に期待するしかないように思える。
 
(8)結論と提案
 以上要するに、審査請求料を現行の2倍から2.5倍に値上げしてその代わりに特許料を下げる措置は、歴史の流れの中の叡智で形成された特許制度の基本原則を誤り、またそのかたちを歪なものにしてしまうのである。従って、これを覆い隠すために、 さまざまなパッチワークを伴わざるを得なくなる。それは、必ず綻びが来ると予想されるので、いまの内に見直しをするべきである。
 権利化手続において出願人が負担する費用は、特許制度の基本原則と、そのあるべきかたちと、そしてその国際競争力について十分な議論をすることなく性急に決してはならない。
 とにかく、知財の中枢を担う特許庁には、政府が策定した「国家百年の大計」を誤らない施策の選択を願いたい。
 そこで、次の提案をする。
@先行技術調査請求前置制度
  <審査の二段構造に合わせて>
 本来審査は、先行技術調査と実体審査の二段階で行なわれるはずなので、弁政連は、先行技術調査請求前置制度(ドイツやヨーロッパ特許庁で採用、米国でも調査報告を出願公開前に出すことになった。)などを提案している。しかし、特許庁は、特に先行技術調査請求前置制度について、「二度手間になる」とか理解のできない理由をいうばかりで、何故か検討する気配すら見せていない。
A先行技術開示制度の強化
 現行の先行技術開示制度に何らかのペナルティ的な措置と推奨を組み合わせた制度を構築する。
B有料の審査請求期間延長制度
 料金を取って審査請求期間の延長をする制度を採用する。
C出願人との協議の場を制度化
 一頃行政指導的な出願調整が行なわれていたが、これは妥当な行政ではないとされる。しかし、本当の意味で出願人の協力を求めることを制度化することは可能であろう。



        
以上

この記事は弁政連フォーラム第123号(平成15年2月25日)に掲載したのものです。
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