PF-JPA

知的財産制度改革の流れは
バブルにあらず


Tetsuya Mori
日本弁理士政治連盟
会長 森 哲也


1.知的財産の世界はグローバル自由市場の世界
 (1) WTO 体制成立によるパラダイムシフト

 情報の高速化で市場のグローバル化が進展した。これにより、戦後から貿易ルールを取決めていたGATT体制を吸収してWTO 体制が成立したのだが、いまから僅か8 年前の1995年のことである。
 それは、市場での価値のパラダイム(思考枠組み) が、GATT体制の物品中心から物品+精神活動の所産[サービスと知的財産]へとシフトしたことを物語っている(WTO協定付属書−1 @GATT AGATS BTRIPS)。物品ですら、人の精神活動の所産であることを市場が認識したことになる。
 (2) グローバル自由市場の本質と向かうところ
 ところで、グローバル自由市場の本質は何であろうか。その向かうところは何処なのか。それは、講学上にいわゆる「完全市場モデル」の世界である。いま、わが国で進められている規制改革は、この世界に向かっているのだ。
 そこは、物品やサービスの価格が、特定個人の意思ではなく「見えざる手」(Adam.Smith ) によって支配される物理的な性格の顕著な世界(系)である。つまり、この「見えざる手」は、あたかも、ニュートン物理学の「固体の最適化」と「系の予定調和」という物理法則の如き様相を示す。
 とりわけ、市場に先行参入した者をキャッチアップする行動が蔓延している社会では、これらの法則により、価格競争の連鎖を惹起し最終的にデフレ状態に陥ることになる。
 一旦デフレ状態に陥ると、誰か新しいことをしてくれないかと思いながら誰もしないという「市場の失敗」の現象が生じて、本来自由活発である市場は終息したままに止まってしまう。
 これまで、わが国がデフレ脱却の困難に直面していたのも、キャッチアップ型経済行動(ものまね)と「市場の失敗」である程度の説明ができると思う。
 (3) 知的財産制度の必然性
 それでは、何をもって市場を活性化するのか。J.A.Schumpeterは技術革新こそ市場活性化の要諦であるとするが、キャチアップ型経済行動を放置すればその効果はほんの一瞬で消えてしまう。ここに、一定期間一定の範囲で、新規な創造成果を独占させて先行参入者としての利益を確保させ、もって、市場にポテンシャリティ(落差)をつける知的財産制度の整備拡充が、自由主義経済の基本的ルール造りとして必要となる。
 (4) 政府の正しい政策
 我々弁理士は、WTO 体制の成立を機に、わが国がグローバル自由市場で戦い抜いて行けるようにと、知的創造立国を司法改革とリンクさせて主張してきた。
 その最終成果として、一昨年2月、小泉総理が施政方針演説で「知的財産国家戦略」を宣明された。
 立法府には、WTO 体制の成立で知的財産がグローバル自由市場のルールになったこと、グローバル自由市場の本質、そして、特にわが国にとってこれに司法改革が密接な関連があることを知る方々が敏感に反応して下さった方々がいた。
 本年8月4日から6日の3日間、わが国で開催された国際知的財産学会のフォーラム冒頭において、知財司法(知財高裁)を中心に広く知財改革を推進して国際的な貢献をする政策を宣明され、高い評価を受けた元法務大臣の保岡興治代議士は、その最もビジョン・識見の深い方の一人である。
 そしていま、政府は、知的財産戦略本部に官・民の俊秀を糾合し、知財国家戦略の戦術段階の検討に入ろうとしているが、それが、適確に政治主導的方向づけがなされていることを、我々弁理士は知らなければならない。

2.知的財産国家戦略は政・官・学・民が一丸となって
 (1) 知的財産国家戦略は国家百年の大計
 わが国が、自由主義社会であることを維持し、市場経済を基礎に国家経営をするのであれば、知的財産の創造と活用、そしてその運用にあたる専門人材の適正な育成を進める知的財産国家戦略は、一億国民の頭脳を資源と化する知的創造立国であって、まさに国家百年の大計である。これこそ、政・官・学・民が一丸となって向かうべき国益といえる。このところ、毎日のように知的財産に関するテーマがメディアを賑わす所以がここにある。
 (2) 曲学阿世の論が燎原の火の如く
 ところが、知的財産戦略を推進するべき立場にある方の中に、さしたる根拠もなく、「知財のバブル」が生じているだの、「知財はブーム」になっているだのと言いふらし、それを、一連の知財・司法の改革には慎重であるべきである旨の主張の理由にしている方がおられる。まことに残念なことである。始末の悪いことに、このような言辞が燎原の火の如く広がり、弁理士の中にも信じ込む人がいるのである。
 そもそも論者は、「バブル」の何たるかをご存じなのだろうか。「バブル」とは、「投機の泡」のことであり、資産価格の形成が投機的な動きに支配される傾向に着目して、投機の行き過ぎで資産価格があるべき実態とかけ離れて高くなること指すのである。
 この国が知的財産国家戦略を展開しようとしているのは、如上のような国際的な市場の流れを適確に察知して、知財司法を含めた世界一の知的財産制度を構築し国民の頭脳を資源化しようとするものであり、それも未だ始まったばかりではないか。
 もとより、わが国は特許出願において世界一、また、PCT 出願もドイツを抜いて世界第2 位となった( 平成15年8 月13日日本経済新聞)。ところが、わが国の関連制度には問題が山積している。
 つまり、特許庁の審査体制は極めて不十分であること、そのつけをまわすように、本来制度維持のために必要な特許料を安くし、その代わりに、特許制度に参入するときの審査請求料を倍増することで審査請求行動を抑制し、制度本来のあるべきかたちを参入制限的に歪めてしまったこと、知財司法の専門性への対応が不十分であること等々である。
 特許審査促進法や知的財産高裁の構想、企業会計上の知財評価手法(例えば「静態的簿記論から動態的簿記論へ」のような)の研究、弁理士と弁護士の協調関係のあり方などが検討されようとしていることなどは、現実をしっかり見据えたうえでの政府の動きである。
 したがって、「知財バブル」などというような言葉は、誤った比喩であり、理論的でない情緒的な表現でしかない。古い言葉であるが「曲学阿世」の論であるといいたい。我々弁理士は、知的創造立国・知的財産立国を提唱してきた立場にあり、このような言辞に惑わされてはならない。
 因みに、弁理士試験の受験者はこのところ年々増加している。その結果、合格者の500 人突破は目前となっている。これも、試験制度の工夫と需要に応じた自然増と見ることができる。
 しかし、「知財バブル」の論者は、年間1000人合格を唱えている。この1000人という数字は何処からくるのか。
 試験合格者が増えつつあるいまでも、弁理士登録者の申請抹消者が増えているという。さもありなんである。高度に専門性の高い士業では、試験に合格しただけでは十分な業務は行えない。これまでは、既に活躍している弁理士達がその事務所でこのような人達を吸収してOJT を施してきた。しかし、需要・供給のバランスや、国家資格業務への競争原理導入の関係もあり、これからはそうはいかなくなりつつある。したがって、実務能力が不十分なまま野に放たれた弁理士にたまたま依頼した人あるいは企業は、犠牲になりながら見切りをつけることになる。
 「年間1000人」は自ら主張する「知財バブル」論と矛盾しないのか。立場上の猛省を促したくなる。
 「知財ブーム」についても、同じことがいえる。そもそも、「ブーム」とは、「にわか景気」、「急騰」、「盛んな宣伝」(三省堂NEW CONCISE ENGLISH &JAPANESE DICTIONARY)という意味であって、あえて、しっかり社会の流れを見ての知的創造立国政策に対してこの用語を用いるのであれば、何かネガティブな意図を感ぜざるを得ない。
 しかし、如上の経緯の政府行動も、共に知的創造立国・知的財産立国に努力しようとする国民・産業界・学会の動向も、何れの意味の「ブーム」にも該当しないことは明らかである。
 このような言葉も、然るべき立場の識者ならばTPO を弁えて用いることを望みたい。

3.弁理士の自覚
 (1) 弁理士は知的財産制度の機軸
 我々弁理士は、知的財産制度がこの国の中心的基盤の一つになりつつあることを知り、野にあってこれを運用することを国民から付託を受けている専門家であることを自覚しなければならないと思う。
 そして、その知的財産の概念が、知的財産基本法の第2条で定義されているように、広く「情報」の大枠で括れる広がりを持っていることに思いをいたすべきと考える。
 (2) 弁理士のアイデンティティ
 また、我々弁理士は、prosecution を主軸にしており、知的財産分野の特徴ではあるが、「専門性」・ 「技術性」・ 「国際性」において他の何れの士業にも勝っていることを自負したい。
 次元の低い話ではあるが、弁理士制度を健全に維持するためには業際問題は避けて通れないのが昨今の事情である。この問題にも、我々弁理士は、「専門性」・「技術性」・「国際性」をキーワードにして対処すればよいと思う。

4.むすび
 知的財産国家戦略が国是となり、弁理士制度はその中心基盤となった。したがって、弁理士制度はそれに耐え得るだけの機能を持つべく進化しなければならない。同時に、知的財産制度には、弁護士制度も欠くことができないインフラである。
 弁理士制度と弁護士制度は、知的財産国家戦略の展開に向けて協働する時代がきた。途上のかたちではあるが、共通のプラットフォームは既にできている。共に視座を高く保ち対話を続ければ、この国にとって極めて大きな力となるであろう。





この記事は弁政連フォーラム第129号(平成15年8月25日)に掲載したのものです。
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