PF-JPA

憲法改正!
(知財の認知)

Tetsuya Mori
日本弁理士政治連盟
最高顧問 森 哲也


1.プロローグ
 弁政連は、知財を憲法レベルでの「認知」を得るため、高い視座で活動して参りました。その成果が漸く現実のものなろうとしていますので、ご支援を頂いた日本弁理士会・弁政連会員の皆様に、経緯を含めてご報告致します。

 弁理士の皆さんの中には、標題を見て一瞬ギョッとする方もおられると思います。それも無理からぬことと言えましょう。

 何故ならば、弁理士は、明治32年に整備され、拡充されて来たいわゆる特許制度の中で、高度に専門的な仕事に従事して精神生活の大方のエネルギを傾注して来たし、そのこと自体で、無意識に「ご奉公」をしたと言えたからであります。

 しかしながら、特許制度自体も、TRIPS を吸収して成立したWTO 体制以来、市場のグローバル化の対応する「国家・国益」の観点、そこから必然的に出てくるところの「知的財産制度」の拡大枠組みの中で、再構築が迫られております。

 したがって、この特許制度を野に在って運用してきた弁理士も、「国家・国益」の観点と「知的財産制度」の拡大枠組みをしっかりと認識し、その専門的知見を、日常の業務とは別に、社会に対しても直接発信しなければならなくなりました。

 そうしないと、弁理士はただの「特許おたく」「専門馬鹿」の地位に凋落し、弁理士制度自体が社会から漂流してしまい、その存立も危うくなる可能性があるのです。

 WTO 体制が目指すグローバル市場は、「完全市場( 完全に自由な市場) 」を原理的に想定するものであり、主権国家で構成される国際社会では、サミュエルソンの指摘する「市場対国家」の問題を惹起します。

 「市場対国家」の問題は、主権国家にとっての「国家存立」つまり「国益」の問題でありますが、WTO は、必ずしもこの問題解決を視野に入れていなかったのかもしれませんが、TRIPS を吸収して「知的財産の保護」を自由貿易の基本的なルールとしました(WTO協定付属書ー1 の中の一つ) 。

 しかしこれは、自由貿易にコミットする主権国家にとって「戦略手段」となるのであります。何故ならば、知的財産の保護強化は、即、国民の頭脳を資源化するインセンティブとなるからであります。

 グローバル市場で生きるために、わが国にとって最高の「戦略手段」は何か、といえば、永い歴史が証明しているわが国民の卓抜した知的創造力を「知的創造立国」として理念化し、これを、「この国のかたち」( 司馬遼太郎氏の同題の随筆) として憲法に掲げることであります。

2.尊敬すべき弁理士先達たち
 戦後は終わった、と言われる約40年ほど前から、弁理士会には「発明に関する憲法改正委員会」が設けられ活動していました。独立国としての憲法制定の機運が盛り上がっていた頃であります。

 記録によると、その活動内容は、発明に関する憲法条項の比較憲法的調査と建議でした。

 私は、幸いにも、弁理士登録して4 年目に、最後の委員会に所属することができ、弁理士先達たちの高い識見と社会性に畏敬の念を抱いたものでした。

 私がこの委員会に所属した昭和43年は、しかし、荒れ狂った安保闘争から間もない頃で、憲法改正の機運が急速に沈下しつつある時期でありました。

 私は、この委員会を終結するための取りまとめ報告書を南一清委員長に命じられ、記録を読み通す中で過去の委員会活動の凄さを垣間見ることができたのであります。
 その先達たち活動の成果として、後述の米国を始め、当時ですら48カ国の国々が憲法に何らかの知的財産保護の条項を有していることが判りました。

 そのかたちは、知的創造者の人権として、あるいは国家の基本方針( 行政理念) としてでありました。

3.世界とわが国の差
 ここに敢えて引用しました。
 米国憲法(1789年9 月27日成立 その起草委員会の一人に、独立宣言文を起草者で、1801年に第3 代大統領に就任した発明家・建築家のトーマス.ジェファーソンがいました。)
第1条8節8項
“The Congress shall have Power..)To promote the progress of Sience and usfull Arts,by securing for limited Times to Authers and Inventors the exclusive Right to their restective Writing and Discoveries; ”
 「議会は、著作者と発明者とに、彼らの著作物及び発見に対する期間を限定した排他的権利を保障することによって、科学と有用な技術の発達を奨励する権限を有する。」
米国特許法35.U.S.C
(1790 年制定・前掲トーマス.ジェファーソン起草)
第100条
“When used in this tittle unless the context otherewise indicates-
(a)The term “invention ”means invention or discovery. ”
「この法律で別段の定めがない限り-
『発明』の用語は発明又は発見を意味する。」

 米国の知的創造立国は建国( 立憲) の歴史であることは、憲法制定から僅か1年後に特許法が制定されていることから理解できます。

 しかも、保護の対象は、戦略的選択の幅を持たせて200 年以上経った今日でも米国の戦略手段として駆使されていることには驚きです。

 対照的に日本国憲法は次のとおりです。
第23条(学問の事由)学問の自由はこれを保障する。
第29条(財産権の保障)
 @財産権は、これを侵してはならない。
 A財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
 B私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
 このように、知的財産らしい表現は何処にもありません。
 それに、対応するように、特許法は、
 「第1条(目的)この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。
第2条(定義)この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」
として、現実的な目先の行政目的の次元に落ちており、保護の範囲は厳格な定義で縛られております。

 また、こういうことを実しやかにいう学者や知識人がいます。
 憲法29条の財産権の中に知的財産が含まれるから、改めてそれを規定する必要はないと。
 しかし、これは、法解釈学の中でよくある思考の浅い単なる形式論であって、明らかに間違いです。憲法29条の財産権には、無体財産である知的財産は含まれておりません。

 その証拠に、民法第85条に「この法律で物とは有体物をいう。」と規定され、また、刑法第235条(窃盗罪)に、他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪、十年以下の懲役に処する。」と規定し、その上で、同第245条(電気)に「この章の罪については、電気は財物とみなす。」と、財物が有体物であることを前提とする規定ぶりとなっているのです。要するに、わが国では、基本的に国民のマインドを前提にしている民法・刑法が、財産は有体物であるとしているのです。

 因みに、近隣諸国でも、オーストラリア、北朝鮮、韓国、フィリピン、中国、モンゴル、ロシアが、明確な知的財産の保護あるいは知的創造立国の規定を憲法に有していることは、以て銘すべきでありましょう。

4.再び憲法改正の機運が
 いま政界は、このことに気がついて、知的財産の保護は憲法で規定しなければならないと動いているのであります。

 戦後60年を過ぎた今日、私達弁理士も、「成文法は定立の瞬間から時代遅れになりつつある。」という法格言に思いを致さなければなりません。

 これは、私達の知財関係法はもとより、特に国の基本法である憲法についても言えることです。わが国の憲法は、制定当時の事情から大きく変化した現実と乖離してしまい、「法の支配」を担保するために、改正しなければならない時期に来ているというか、その時はとっくに過ぎていると言っても過言ではない状況にあります。

 このことを考えるときに、特に私達弁理士が陥りがちな事象があります。すなわち、憲法前文の平和主義の理念と、国際社会の現実の中にある日本という国家の存立に関わる第9 条の規定ぶりを混同する議論と、それに情緒的というか思いつき的というか、軽々に、憲法改正反対!を主張することであります。

 憲法前文の平和主義の平和概念は、彼の大戦の戦勝国が自由主義思想の下に提唱し、敗れたわが国が、戦争突入と拡大、そして他国に迷惑をかけたことを反省する意味で受け入れた絶対的意味の「恒久平和主義」そのものですが、これは、 国際社会の現実を踏まえない表現は別にして、 法規範性のない政治的マニフェスト( 高柳賢三博士) としては妥当なものであります。

 しかし、第9 条は、各本条の一つとして有効性・実効性に裏付けされた法規範でなければならないところ、世界でも有数の規模を誇る自衛隊が存在する現実、条文の文言からは180 度反対の解釈が成り立つ事実、そして第10章「最高法規」にある第97条( 憲法の最高法規性、条約、国際法規の遵守) 経由で批准され国内法規範となっている国連憲章や日米安保条約などの国際法との矛盾などから、法規範性が失われているのであります。

 第9 条が、現実社会と乖離せずに法規範性を保つには、そこに横たわる「平和」概念は、前文の「恒久平和主義」理念を帯しながらも、国家が現実に対峙する「相対的平和」でなければならないのです。何故ならば、現実の世界では、必ず何処かで戦争・紛争があり、「絶対的・恒久的」な平和はあり得ないからです。

 この憲法と現実のギャップを埋めるために、裁判所は「統治行為」理論を採用して、9 条に関する裁判権を抛棄しまいました。一番大事な国家現象について「法の支配」が及ばなくなっているのです。

5.最近の日本弁理士会の議論では
 知的財産政策推進本部の委員会では、大方の委員の方々は世の中をよく見ておられ前向きの議論をしていました。しかし、少数意見ではありましたが、このことを知っているのか知らないのか、情緒的、思いつき的とも言えるような「憲法改正反対論」があったのは、そういう人も世の中にいるという意味で象徴的に思えました。

 それは、知的財産の保護や知的創造立国の理念を憲法にと主張することは、9条の改正に賛成することになるから、そのような主張は日本弁理士会は主張するべきではないというのであります。弁理士らしからぬ非論理性に驚くばかりでした。

6.エピローグ
しかし、社会では、70%を越える国民が憲法改正そのものに賛成していることが、複数の報道機関のアンケートで明らかになっています。

 不肖私は、民間憲法臨調( 会長三浦朱門博士)に所属していたのですが、その中で、憲法に知的創造に関する新しい権利を規定すべしと主張を続け、ついに提言して頂くことができました。
 また、弁政連は、創立30周年記念式典において、知的創造立国を憲法に!と主張し、決断した日本弁理士会と連名で、諸方面にその趣旨を訴えました。

 そして、私は、本年2 月21日の参議院憲法調査会に当連盟会長として公述人に指名され、そこで知的創造立国を訴え、委員の質問に答える機会を得ました。なお、このことは、士業政治団体の長として憲法調査会史上初でありました。

 その結果、自民党の立党50周年記念に策定された「新憲法草案」の第29条( 財産権) 第3 項に、
 「・・知的財産については、国民の知的創造力の向上及び活力ある社会の実現に留意しなければならない。」と謳われたのであります。

 なお、この自民党草案は、弁政連が緊密な連携をとりながら提言を申し上げ、また、ご指導も仰いだ前自民党憲法調査会長保岡興治氏の策定した草案が「たたき台」となっております。

 また、民主党の「憲法提言」にも、「3.情報社会と価値意識の変化に対応する『新しい権利』を確立する」として、
 「(5) 知的財産権を憲法上明確にする。」と主張されました。

 この民主党の提言も、知的財産に関しては、弁政連の提言を基礎にして頂いております。

 憲法改正は、このように自民党・民主党の2 大政党がその方向に向かっておりますので、余程のことがない限り実現するでしょう。

 その際、知的財産の保護あるいはその理念が憲法に謳われることは間違いありません。

 そのときの我々弁理士の意識は、知的財産の保護あるいは知的創造立国を野に在って推進する中心的役割を果たそうという高次元のそれでなければなりません。弁護士さん達が、憲法の要請である「人権擁護」に挺身しているように。

 憲法に関しては、「知的創造立国」の理念を前文に、政治的マニフェストとして盛り込むことが大きな課題として残されていると考えております。

 何故ならば、前文を有する憲法では、その前文にこそ「この国のかたち」が宣言されるものだからです。






この記事は弁政連フォーラム第156号(平成17年11月25日)に掲載したのものです。
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