PF-JPA
弁理士の侵害等訴訟代理人としての資質・能力を補完養成し担保する方策
 (平成12年6月1日
 
   
日本弁理士政治連盟
副会長 森 哲也 
 

1.試験か研修か<方策策定の基準>

訴訟代理権問題の始まり

 事は、昭和24年に審決取消訴訟代理権を獲得したときに逆上るようである。そのときに、我々弁理士は、弁理士の訴訟代理権の可能性を知った。そして、知的財産権の侵害等訴訟代理権は弁理士の悲願となって熟成し、これを実現するべく、具体的には今より3年前から、弁理士会と弁政連は、一丸となって強力な運動を展開してきた。

燃え広がった燎原の火

 その結果、時あたかも知的財産権に対する国際的な評価が高まる中で、弁理士の知的財産権侵害等訴訟代理権は、政界・財界・中小企業界の世論となって消すことのできない燎原の火の如く燃え広がり、いまや確固たる世論となって定着するに至った。

社会の要請・一連の見解等の表明

 それが、政・ 官・ 財の各界からの一連の見解表明等に繋がった。すなわち、去る4月18日(発明の日)には、実に80年ぶりに弁理士法の大改正がなされたが、この国会審議において、弁理士に知的財産権の侵害等訴訟代理権を与えるべきだとの附帯決議がなされた。また、去る5月18日には自由民主党の司法制度調査会が知的財産権を国家戦略の重要な要として位置づけて、更に少し逆上って、政府行政改革推進本部の規制改革委員会は国民の利便性を鑑みて規制改革の観点から、そして、経済界では知的財産権が国富の源泉となるという観点から、また、最大野党の民主党においても、それぞれ、弁理士に知的財産権の侵害訴訟代理権を与えるべきであるとの見解を発表したのである。

 このように、国権の最高機関である国会の附帯決議、政権与党、政府、そして経済界の見解表明は、弁理士に知的財産権の侵害等について訴訟代理権を与えることが今や社会の明確な要請となっていることを意味する。

社会が要請する理由

 社会がこのような要請をする具体的な理由としては、次の四つが挙げられる。すなわち

 ・いわゆる“General Lawyer" として多くの一般事件を抱えている弁護士の都合を中心に法廷期日が設定され、訴訟が長期化する大きな原因となっていること、 ・知的財産権の訴訟事件は科学技術の専門知識を必要とするなど高度に専門的であり、日本の弁護士がこの分野の侵害訴訟を質・ 量とも適正に扱えるようになるのには、司法試験制度や法曹養成制度の根本的な見直しが必要であり、早急な制度的対応がとれ難いこと、

 ・弁理士は、既に、審決取消訴訟では60年の制度的歴史の中で代理人としての、また、侵害訴訟では訴訟輔佐人として80年の制度的歴史の中で実質的に代理人と略同等の、それぞれ永きにわたる実績を有していて、知的財産権という限定された分野の範囲内ではあるが、他の弁護士隣接士業に比して訴訟代理人として法曹に最も近い資質があると認められること、

 ・よって、知的財産権の分野での司法改革司法改革の観点から、弁理士に知的財産件侵害等訴訟代理権を付与するのが最も現実的であること、

 ・今後、知的財産権紛争はボーダレスに起こり、元より国際的に業務を行なってきた弁理士に紛争解決のための代理権を付与しないと、例えば米国での守秘特権の否定の問題など種々の不都合を生じること、

等である。

弁理士の侵害等訴訟代理人としての資質・ 能力の養成で留意すべきこと

 しかしながら、法曹三者の弁理士の侵害訴訟代理人としての資質・ 能力に対する見方あるいは主張は厳しいものがある。その厳しさの中には、法律業務独占という低次元の動機が含まれていることは確かである。そうだとしても、彼らは「法の支配」の実現を目指す本来の高邁な「法曹一元論」で武装して、法律一般の知識に欠ける弁理士は能力的に訴訟代理人として相応しくないと主張するのである。しかし、「法曹一元論」は、このような目的で主張されるや否や、司法試験を大前提に建てた閉鎖回路の理論に次元が落ちてしまうのである。これは、丸山眞男氏(政治学者)が、儒教的倫理観あるいは価値観が大前提となって展開される朱子学の論理を、「閉鎖完結性(geschlossenheit) 」であると批判しておられるのと全く同じものであって、問題解決に資することのない空理空論を生むことになる。つまり、日本の「法曹一元論」は、その本来の意味や社会の認識と大きく乖離し、「司法試験をパスした者は法曹として資質が絶対で万能であるから、このフレームワークを守ることがあらゆる問題の解決を導く」とする法律業務の弁護士独占のための詭弁になってしまっている。

 かくして、「知的財産権関係の侵害等訴訟代理をするための弁理士の資質・ 能力は、司法試験あるいはこれに類する試験に寄らずして、単に補完養成する手段を講じることでも十分に担保できる」という主張に立たないと、現実に主張されている「法曹一元論」の閉鎖回路を断ち切ることはできない。

資質・能力の補完養成手段

 そこで、知的財産権関係の侵害等訴訟代理をする弁理士の「資質・能力の補完養成手段」を準備するにおいては、あくまで「資質・能力の補完養成手段」の範囲内に抑えたものでなければならない。けだし、法曹三者の反対に対して過剰な反応をして何の基準もなく徒に要件を厳しくするのであれば、他の弁護士隣接士業にはない弁理士の永きにわたる審決取消訴訟代理と侵害等訴訟輔佐の実績への評価を自ら無視することになり、社会の認識と乖離した低次元「法曹一元論」の閉鎖回路論理にはまることになるばかりでなく、制度内の二重構造により制度内亀裂を生じて制度崩壊につながり兼ねず、加えて、一部の弁理士が訴訟代理権を獲得したところで、結局のところ何ら司法改革に資するところのない単なる職域拡大の主張に終わってしまうだろう。そのような事態が、弁理士制度に対する前記社会の要請付託に答えるものではないことはいうまでもない。

 因みに、従来は、弁理士の知的財産権に関する侵害等訴訟代理権の条件としての試験・ 研修という流れの中で、何となく試験が強調されてきたようであるが、今回の自由民主党司法制度調査会の報告書では「養成・ 研修」となっていて、そこから「試験」が消えていることが注目される。日本弁理士政治連盟の活動を通じて得た情報によれば、この自由民主党の報告書で特に知的財産権と弁理士の訴訟代理権を組にして起項主張してあるのは、党が政策の目玉として打ち出している知的財産権国家戦略を遂行する目的で、現状勢力の弁理士に、この分野の紛争解決の担い手として速やかに訴訟代理権付与せんがためであるから、人数を絞るような試験・研修は好ましくない、という意向を持っているのである。我々は、政権与党のこの意向を重く受け止めて判断をしなければならない。

2.訴訟代理権認定の機会が平等<研修制度に軸足を>

 それでは、どのような方策が策定されるべきであろうか。知的財産権に関しては、その侵害等の訴訟効率を国際的レベルに向上させるための司法改革が行なわれなければならないのであるから、現在約4300人で構成されている弁理士制度が、そのまま知的財産権分野の訴訟代理人制度として機能できるような方策をとればよい。それは、社会を納得させるに十分な費用投入をした必要且つ十分な内容を有する研修制度である。而して、その構想の基本を、

 a.司法分野における弁理士の実績を前提すること

 b.訴訟代理権認定の機会が全ての弁理士に平等であること

 c.カリキュラム等に理工科系弁理士の受講を容易にする配慮があること

とするするべきである。

 以下にその骨子案を示す。

実施機関・・・・経済産業省(特許庁研修所と弁理士会研修所との提携)

実施協力機関・・大学法学部あるいは法学研究科のある大学院

      ※裁判所と司法研修所には講師派遣の協力要請をする。

研修時間・・・・216 時間(3 時間/ 日×3 日/週×4週/月×6 月)原則 但し、訴訟輔佐の経験者は・座学における実務の起案と・演習が免除されるので、短縮される。

研修方法

 ・時間帯構成 昼・夜の2部構成とし、両部の科目を対応させて何方でも選択できるようにする。

 ・コース構成 強制基礎コース:座学(実務「起案」は前記経験者免除。) 任意訴訟コース:演習(前記経験者は免除。

 ・講師 司法研修所教官、裁判官、学者、弁護士、外国法事務弁護士

 ・1期で研修する人数 800名(これでも、4300人全員が研修を受けるのに5年余りを要するが、現在継続している工業所有権関係訴訟の数から推定して何とか間に合うものと思われる。

 ・単位制 1期に全科目を終了する必要はなく、次期に持ち越すことが可能 ・研修を受ける順序 申し込み順を原則とし、第一に過去又は現在の侵害訴訟又は仮処分事件に対する訴訟輔佐の経験を、第二に理工科系弁理士を優先させる。

研修内容・・・実践力養成を旨とする(座学1:演習1 の配分)

 ・座学 法律:民事訴訟法(民事執行法も含む。)・民法(いわゆる特許民法の範囲で発明協会刊行の「特許民法」を教科書とするのが適当) ・商法と破産法(関連する範囲で。)

   法曹倫理: 主として弁護士倫理

      実務:起案(訴状、答弁書、準備書面等→前記経験者免除)・弁論・証拠調・和解・執行手続・事例研究・ 外国裁判所に出廷したときの対応)

 ・演習(前記経験者免除

   模擬裁判・裁判実務(証人尋問、証拠調、証拠保全、)

効果確認方法・・・法律( 民事訴訟法) 及び法曹倫理のそれぞれについてのレポート提出(再提出可)とこれに対する評価(合格点60点)

研修財源<国・弁理士会・会員>

 ・ 産業経済省 予算措置 1億円/1単年度    ・・・・・A

 ・ 弁理士会  予算措置 月額3,000 ×4,160 人×6 月=174,880,000/単年度    ・・・・・B

 A B=1億7千4百88万円/単年度

 ・ 受講者 18万円(30,000×6 月)×800 人=1億4千4百万円/1期   ・・・・・C

  A B + C=3億1千8百88万円

 なお、具体的な研修プランは、河野部会長の案が精緻に構成されているので、これを基礎にしてアレンジすることでよいと考える。

 私が弁理士会に提案している能力担保手段の案は、以上のとおりである。

いま一つの提案

 国立知的財産法研修所構想である。これは、弁理士を頂点とした知的財産権関連業務群を想定して、これを一つの専門家産業として育てることを目的とする。 この構想の詳細は、紙面の都合上別稿に譲らざるを得ないが、知的財産権に関する完全な訴訟代理権のために、弁理士がここで研修を受けるようにするようになれば、外に向かって十分な説得力を有することになる。勿論、少なくとも弁理士に関しては入所試験はないものとするが、こうすることによって、試験・研修か研修・試験かなどという議論は吹っ飛んでしまうのである。

 この点では、特許庁が工業所有権研修所を取り敢えず弁理士の研修に開放する方針を持っていることが判ったが、国立知的財産法研修所への第一歩としてまことに喜ばしいことである。

司法制度改革審議会中間報告書に対するコメント

 総論部分においては、まことに高邁な思想が貫かれていて大変に立派であるといえる出来ばえであった。しかしながら、その各論部分は、概して国際的視点に欠け、その結果として知的財産権関係司法に対する具体策の提示は全くといってよいほど欠落している。特に、工業所有権審議会からの要請があったにも関わらず、弁理士に訴訟代理権を付与すべき積極的、具体的な方向付けはなされていない。これでは、やはり法曹界の閉鎖回路での議論しかしていなかったのではないかと思われてもしかたがないであろう。幸いにも間接的、抽象的な方向付けがなされているので、来年7月の最終報告に期待する余地がある。

突然現れた「弁護士との共同訴訟代理権」

 日弁連の理事会は、世論に抗しきれずなのか弁理士には「弁護士との共同訴訟代理権」なら与えることに反対しないとの決定をしてこれを新聞発表した。司法制度改革審議会の委員の方の中にもこれに同調する見解が見られる。

 しかし、この「弁護士との共同訴訟代理権」なる概念は、世界のどの国を見ても存在しないのであり、国際競争社会での整合性がとれないばかりでなく、知的財産関係法曹の改革に何ら資するところがないものである。すなわち、弁理士が弁護士と常に一緒に出廷しなければならないとするのであれば、現在の弁理士の訴訟輔佐権と何ら変わるところがなくその制度の欠点がそのまま残り、名義だけ弁護士を入れればよいとするのであれば法曹界にはあるまじき「名板貸」構想が浮上するのである。司法制度改革審議会では最終報告までにこの矛盾のある妥協に陥ることなく、新たに知的財産権法曹制度を創設する姿勢で、弁理士に単独の訴訟代理権を付与する方向の最終答申を出すことが期待される。

おわりに

 この7月7日に司法制度改革審議会において、弁護士隣接士業へのヒヤリングが行なわれたが、ここで村木弁理士会会長は弁理士の訴訟代理権の主張をなさった。我々の主張して来た弁理士の侵害訴訟代理権は、今や確固たる世論となっているのであれば、知的財産権に関する国民の裁判を受ける権利のために、弁理士会は戦はなければならない。これは、ひとり弁理士制度のためにでなく国民のための「権利のための闘争」(ゲオルク.イエーリンク)である。


この記事は弁政連フォーラム第92号(平成12年7月25日)に掲載された記事に加筆修正されたものです。

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