PF-JPA

私の視点/特許法改正
知的財産権の保護に逆行

Iuchi Ryuji
日本弁理士政治連盟
弁理士 井内 龍二


特許庁は、特許権取得に伴う審査請求料を現行の平均10万円から約20万円に引き上げようとしている。今国会にそのための特許法改正案を提出するが、国際社会において日本が科学技術立国として生きるために政府が掲げる知的財産権の保護・強化政策(プロパテント政策)に逆行するものであり、異議を唱えたい。
 特許費用には、出願料、審査請求料、特許を維持するために毎年支払う特許料の3種類がある。料金体系の見直しを検討した産業構造審議会(経済産業相の諮問機関)の知的財産政策部会特許制度小委員会は、出願料を2万1千円から約1万6千円に、当初9年間分の特許料を平均36万円から17万円にそれぞれ引き下げる一方、審査請求料を倍額にすることに賛成した。
 近年、特許庁における審査に要する費用が増大し、特許料で不足分を補っている現状を改善するのが目的で、特許庁は「出願人の負担は全体では変わらない」としている。
 だが、この料金体系が実現するとどうなるか。
 既に多くの特許を取得している大企業にとっては、特許料の大幅軽減はコスト削減につながる。また、大企業は出願だけしておいて審査請求は控える場合も多い。これは発明の成果を公にして、他者が特許を取得するのを防ぐ「防衛出願」といわれるものである。出願することは研究部門の士気を維持するためにも必要であり、この傾向はより強くなるだろう。
 これに対し中小企業の場合、既得の特許件数は少なく、特許料引き下げの恩恵はあまりない。一方、出願する発明については実際に権利化を目指したいものがほとんどで、審査請求料の引き上げは門戸を狭められることにつながる。特許権に基づくオリジナリティーで生き残ろうとする中小企業には大打撃となる。
審査まで進まず、出願にとどめる件数が増えると、どんな事態を招くか。出願内容は公開公報に掲載され、後に権利化されないものについては「自由技術」となる。公開公報は新技術の宝庫となるだろう。実際に韓国企業などは、日本の特許公開公報を調査し、取り込み、研究開発の効率化を図っている。今回の見直しは、日本企業の国際競争力をさらに弱めかねない。また、大幅な審査請求料の値上げは、日本企業の海外出願件数を抑えてしまい、この点からも日本企業の国際競争力を極めて弱体化させる結果を招く。
 審査請求料引き上げの背景には、審査請求期間の短縮がある。特許法は出願から審査請求までの期間を定めているが、一昨年10月、これが7年から3年に短縮された。その結果、審査請求が短期間に殺到する形になり、処理しなければならない件数が倍増している。また最近は国際的審査の効率化が種々検討されており、米国との審査情報の共有化、アセアン諸国への日本特許庁における審査結果の流用化等が検討されており、審査の遅れは国際的特許政策における日本特許庁の立場をなくしてしまう虞がある。
 この時代、公務員である審査官を増やすことはできない。かといって、現在の人員で倍の件数をこなすのは不可能だ。値上げで審査請求を減らしたいというのが特許庁の本音だろう。
 同庁が先の特許制度小委員会に提出した資料には、こうした状況は一言も触れられていない。
 審査官OBを期間限定で再雇用する、弁理士や専門技術者が契約審査官として業務にあたれるように制度を改正するなど、打開の方法はある。特許庁が事情を明らかにし、審査請求を一時期にかためてしないなどの協力を、企業に呼びかけるのも一つの方策だ。
 中小企業の生き残りのすべを奪い、国際競争力の低下にもつながりかねない審査請求料の値上げは納得できない。
『(本件論文は、本年2月26日朝日新聞朝刊、”オピニオン・私の視点”に掲載され、日本国内に大反響を巻き起こした井内龍二弁理士の論文を著者自身が加筆したものである。)』

この記事は弁政連フォーラム第124号(平成15年3月25日)に掲載したのものです。
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