PF-JPA

知的財産戦略本部へ提出

「先端医療分野において今後特許対象とすべき発明に関する
 調査へのご協力のお願い」に対する具体的事例の提供

 
 日本弁理士政治連盟は12月18日付、政府の知的財産戦略本部に対して、海外では特許対象となるものの、現時点では我が国において特許対象とならない発明であって、今後特許対象とすることを検討すべきと考えられる二つの発明の具体的事例を次のとおり提供しました。

【具体的事例】


発明T
iPS技術の進歩に伴って生じる既存の多分化能幹細胞との差異の消失

(1)発明の内容及び技術の説明
(発明の内容)

 「患者の体細胞を第1の液性因子に曝露して多分化能幹細胞を得るステップと、該多分化能幹細胞を第2の液性因子に曝露して膵臓ランゲルハンス島β細胞にのみ分化可能な単分化能幹細胞を得るステップと、該単分化能幹細胞と第3の液性因子とを包埋した生体適合性ゲルシートを調製するステップと、前記生体適合性ゲルシートを前記患者の膵臓の膵尾下縁部に移植するステップとを含む、糖尿病の治療方法。」
(技術の説明)
 山中博士のグループによって発見された体細胞の多分化能幹細胞へのリプログラミング技術(以下、「iPS技術」という。)の原法(誘導多能性幹細胞の製造方法、特許第4183742号)では、「体細胞から誘導多能性幹細胞を製造する方法であって、下記の4種の遺伝子:Oct3/4、Klf4、c-Myc、及びSox2を体細胞に導入する工程を含む方法。」となっており、実施例では発がん遺伝子c-Mycを含む外来遺伝子が永続的に発現する系での多能性幹細胞作出が記載されている。しかし、この技術では、得られた多能性幹細胞に前記4種の遺伝子が残存することとなり、安全性に問題がある。そこで、低分子化合物やサイトカインのような液性因子に体細胞を一時的に曝露するだけで多分化能幹細胞にリプログラミングできるようにすることが当面の目標の1つである。
 液性因子によるリプログラミングが可能になれば、得られた多能性幹細胞を如何にして体内に戻すかが次の目標である。本発明は、特定の細胞タイプ、ここではインスリン産生細胞だけに分化できる幹細胞を多能性幹細胞から作成して、別の液性因子とともに生体適合性ゲルシートに包埋した状態で、患者の体内の特定の部位に移植することによって、膵臓のインスリン産生機能を再生し糖尿病を治療する方法を提供する。

(2)(1)の発明を今後我が国においても特許付与の対象とすべきと考える理由
 iPS技術は現在急速に発展し、2008年だけで少なくとも35件も原著論文が発表されている(Maheral, N. and Hochedlinger, K.、Cell Stem Cell 3:595-605 (2008))。技術開発の当面の目標の1つは、山中らの原法における発がん遺伝子を含む外来遺伝子の永続的導入に伴う安全性の問題を解決するために、低分子化合物やサイトカインのような液性因子に体細胞を一時的に曝露するだけで多分化能幹細胞にリプログラミングできるようにすることである。
 ここで特許法の観点から興味深いことは、液性因子に一時的に曝露することによって誘導された多分化能幹細胞は既知の多分化能幹細幹細胞と区別できないから新規性がないので、物の発明として保護を受けることはできない点である。つまり今後iPS技術が進展して、当面の目標を達成すると、その成果を物の発明として保護を受けることできなくなる場面がでてくることが予見できるのである。
 ところで、人間の体内に戻すことを前提とする細胞の製造方法の発明については、審査基準に以下の記載がある。

(特許・実用新案審査基準、第U部 第1章 産業上利用することができる発明、2.1「産業上利用することができる発明」に該当しないものの類型 (1))
「人間から採取したもの(例:血液、尿、皮膚、髪の毛、細胞、組織)を処理する方法、又はこれを分析するなどして各種データを収集する方法は、「人間を手術、治療又は診断する方法」に該当しない。ただし、採取したものを採取した者と同一人に治療のために戻すことを前提にして、採取したものを処理する方法(例:血液透析方法)は、「人間を手術、治療又は診断する方法」に該当する。」
 平成15年6月3日付けで改訂された特許審査基準では、上記引用部分に続けて、さらに以下の記載が追加された。
「人間から採取したものを原材料として医薬品(例:血液製剤、ワクチン、遺伝子組換製剤)又は医療材料(例えば人工骨、培養皮膚シートなどの、身体の各部分のための人工的代用品または代替物)を製造するための方法は、人間から採取したものを採取した者と同一人に治療のために戻すことを前提にして処理する方法であっても、「人間を手術、治療又は診断する方法」に該当しない。」

 しかし本発明のように、細胞をどのようにして患者の体内に戻すかという点に特徴を有する場合には、本発明は前記審査基準の引用部分に記載の医薬品又は医療材料を製造するための方法とはいえないから、本発明は「人間を手術、治療又は診断する方法」に該当することとなる。つまり現行の審査基準に従うと、本発明は特許を受けることはできないことになる。
 これでは、せっかく山中博士らによるヒトiPS細胞樹立を契機として、再生医療をはじめとするいわゆる先端医療分野における研究開発を一層促進し先端医療技術の発展を図るというわが国の方針にそぐわない。また、iPS技術でわが国と鎬を削る競争相手である米国では医療方法発明に特許を認めており、特許審査基準の国際的な調和を図ることはわが国のiPS技術の国際競争力の強化のためにも重要である。したがって、上記審査基準は見直す必要がある。
 なお、審査基準の見直しとともに重要なことは、医師の行為に特許権の効力が及ばないように特別規定を設けることである。平成15年6月3日の改訂で、医薬品又は医療材料を製造するための方法について特許を認めるとの記載が追加された後、22件の特許が平成20年6月までに成立した(平成20年11月25日先端医療特許検討委員会、資料6)。しかし、これらの特許発明は現行特許法第69条第3項に定める「二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法」に該当するとはいえない。そのため、これらの特許発明の方法を実施する者は、医師が治療行為として行う場合であっても特許権の効力が及ぶ可能性がある。このように、医療方法の発明そのものについては特許を認めていない現状であっても、医師の医療行為に特許権の効力が及ぶおそれがある。そこで、医師の医療行為には特許権の効力が及ばないことを明確に規定すべきである。

(3)(1)の発明の海外での特許の実例
本発明は仮想例であり、実例はない。



発明U
行為の主体に医師が含まれる方法

(1)発明の内容及び技術の説明
(発明の内容)

 「直径が固定された物質除去装置と、直径が調節可能な物質除去装置とを有する物質除去システムを用いて内腔の内部から物質を除去するための方法であって、
 前記直径が固定された物質除去装置が主な物質除去体である、第1の通過で、前記物質除去システムが除去すべき物質を貫いて前進する間、前記物質除去システムを第1の方向に回転させること、
 次の通過のために前記物質除去システムを逆行方向に移動すること、
 前記直径が調節可能な物質除去装置が拡張した状態にありかつ主な物質除去体となる次の通過において、除去されるべき物質を貫いて前記物質除去システムを前進させる間、前記物質除去システムを、第1の方向と反対の第2の方向に回転することを含む方法。」
(技術の説明)
 本発明は、アテローム性動脈硬化症の閉塞物を除去するために血管内に挿入されるカテーテルの先端の切削装置に関する発明であって、該切削装置には回転半径の異なる2種類の切削刃が設けられ、ワイヤの回転方向を時計回りから反時計回りに変更することによって、用いる切削刃を切り替えることができることに特徴がある。

(2)(1)の発明を今後我が国においても特許付与の対象とすべきと考える理由
 現行の審査基準では、本発明の構成要件のうち、「前記物質除去システムを第1の方向に回転させること」、「前記物質除去システムを逆行方向に移動すること」、及び、「前記物質除去システムを、第1の方向と反対の第2の方向に回転すること」は医師が主体となる行為に含まれると認定される。そのため、本発明は医療行為として実施される発明として、特許を受けることができない。
 現状では、医療装置については、装置の作動方法の発明だけが特許を受けることができるが、ここで装置の作動方法が、「内部の制御方法であり、医療機器自体に備わる機能を方法として表現したものである。そして、いずれの工程も医師の行為や機器による人体に対する作用を含んでいない」(特許・実用新案審査基準、第U部 第1章 産業上利用することができる発明、事例11の説明)場合に限って特許を受けることができる。このような規定では、「ワイヤの回転方向を時計回りから反時計回りに変更することによって、用いる切削刃を切り替えることができる」という本発明の本質的なアイデアを保護することができない。先端医療技術には、優れた技術を持つ産業界、ベンチャー企業とのいわゆる医工連携によって開発される、革新的なアイデアを具体化した医療機器で医師を補助する技術も含まれる。かかる技術を適切に保護するうえで、医師の行為に含まれるというだけで特許を受けることができないのでは、再生医療をはじめとするいわゆる先端医療分野における研究開発を一層促進し先端医療技術の発展を図るというわが国の方針にそぐわない。また、先端医療技術の先進国である米国では医療方法発明に特許を認めており、特許審査基準の国際的な調和を図ることはわが国の先端医療技術の国際競争力の強化のためにも重要である。したがって、上記審査基準は見直す必要がある。

(3)(1)の発明の海外での特許の実例
米国特許第6,565,588号 請求項20
"20. A method for removing material from the interior of a lumen using a material removal system having a fixed diameter material removal device and an adjustable diameter material removal device, comprising: rotating the material removal system in a first direction while advancing it through material to be removed in a first pass in which the fixed diameter material removal device is the primary material remover, translating the material removal system in an antegrade direction for a subsequent pass, and rotating the material removal system in a second direction, opposite the first direction, while advancing it through the material to be removed in a subsequent pass in which the adjustable diameter material removal device is in an expanded condition and is the primary material remover."



この記事は弁政連フォーラム第192号(平成21年1月25日)に掲載したのものです。
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