PF-JPA


弁理士の外国業務について



  

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日本弁理士政治連盟
副会長 杉 本 勝 徳



1.はじめに
2.弁理士大増員時代の対応
3.国内出願件数の激減問題
4.外国各国出願の激増
5.弁理士業務の限界
6.弁理士の外国業務
7.弁理士試験の問題
8.弁政連と弁理士会の責任

 
1.はじめに

 アメリカには100万人もの弁護士がいて、皿洗いをしている弁護士とか、救急車の後を追いかけている弁護士がいるとか、着手金ゼロで成功報酬のみで請け負う弁護士が多いとか、いろんな逸話が聞こえて来ます。さすがにアメリカで、義理人情国家でない法治国家で訴訟大国は違うわい、と思っていたら、日本もそのようになりつつあり自覚するのが遅かった、と言う感があります。
 ところでアメリカの弁護士は、CPA(公認会計士)を除いて日本のあらゆる国家資格業を含んだ業務を行っています。
 日本は弁護士登録数こそ26000人程度ですが、弁理士、公認会計士、税理士、司法書士、行政書士、不動産鑑定士、社会保険労務士、土地家屋調査士等の資格者を合計すると30万人位になります。日本の人口は1億2000万人、アメリカの人口は3億1000万人、この人口比からすると日本の合計資格者が80万人弱ということになり、訴訟社会のアメリカに近付きつつあります。この結果、殆どの資格業の平均所得が徐々に大企業のサラリーマン以下になりつつあることも当然と思われます。すでに警察官の平均所得より弁理士の平均所得の方が低いとも言われています。

2.弁理士大増員時代の対応

 私が弁理士資格を得た昭和47年は、弁理士1800人程度で、毎年80人程度が試験に合格し、ヤメ審査官をプラスしても年に100人も増えない時代でした。そして出願件数は特実意商の合計で80万件以上あり、弁理士一人の出願件数は450件の時代です。その結果弁理士だけでは処理しきれずに、大量の非資格者職員を抱え、酷い特許事務所は職員200人に弁理士10人という信じられない業態のところもあるということです。
 そのために一部弁理士の収入が桁外れに高額となり、しかも業務は圧倒的多数の無資格者任せという有り様です。このような事態を放置し何の対応も出来なかった弁理士会に責任の一端がありますが、それが今日の大増員時代を招き、警察官の平均所得より低い資格業になったと言っても過言ではありません。
 弁理士会は年間会費20億円以上を集めて運営しているのに対して、弁政連は何とその100分の1、言い換えれば一つの委員会の予算よりも小さい2千万円そこそこの資金で、政治献金を含めて活動しているのです。この状態を鑑みれば、弁政連に殆ど資金提供をせず、政治的対応はすべて弁政連任せにしてきた弁理士会の責任は大きく、それが今日の事態に至ったとも言えるでしょう。
 それでは大増員時代になってしまったこれからの弁理士はどう対応したらいいのか、弁理士会、弁政連あげて対策を練ることが喫緊の課題であることは当然です。
 その対策として考えられるのは次の10点と思われます。
(1)弁政連が政治的に働きかけて増員を抑制する
(2)産業財産権以外の知的財産分野への積極的進出を図る。
(3)特許事務所の改革−特許事務所のオーナーは無資格者を弁理士雇用に置き換える。
(4)特許事務所の弁理士一人当たりの無資格職員数を会則で制限する。
(5)弁理士雇用負担軽減のために弁理士会費の値下げを議論する。
(6)あらゆる知財の外国業務を積極的に弁理士業務に取り込む。
(7)歳入2900億円で歳出1200億円(2009年版特許行政年次報告書)という特許庁大幅黒字を解消するために、印紙税(特に審査請求印紙)の一段の値下げを要求して中小企業の出願インセンティブを高める。
(8)弁理士会は弁政連に充分な活動資金を与える方策を考える。
(9)他士業が弁理士業務を浸潤することを弁政連・弁理士会あげて阻止活動をする
(10) ワンストップサービスとして侵害訴訟等の司法手続も業務に取り込む。

3.国内出願件数の激減問題

 過去10年間の国内特許出願件数は40万件を越していました。それが2007年に40万件を割って39万6千件になり、2008年に39万1千件と微減のあと、2009年度は統計が出ていませんが30万件の攻防と思われます。すなわち、1年間で2割以上の激減を示している日本の特許出願。30万件プラス実用新案・意匠・商標の合計40万件を9000人の弁理士一人当たりで計算すると出願件数は一人44件となり、37〜38年前に比して10分の1の出願件数です。こんな極端な一人当たりの業務の減少は他の士業には見られません。それは弁理士数が10年で倍以上に増えているからです。こんなに極端な資格者の増加も他の士業には見られません。国内特許出願件数が急速に40万件代に回復するとは思えない以上、弁理士は現在の国内特許出願以外に業務の活路を見い出さなければ、ワーキングプワーになる危険性さえあります。

4.外国各国出願の激増

 次に各国の2005年〜2009年(予想)の特許出願件数の推移を示します

 (単位千件、特許行政年次報告による、予想は杉本個人の予想)
        2005年  2006年  2007年〜〜2009年(予想)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ・アメリカ    390    425    456 〜〜 500(予想)
 ・中国      173    210    245 〜〜 350(予想)
 ・韓国      160    166    172 〜〜 220(予想)
 ・欧州      128    135    140 〜〜 200(予想)
 ・ドイツ      60     60     61 〜〜  65(予想)
 ・カナダ      40     42     40 〜〜  45(予想)
 ・ロシア      32     37     39 〜〜  45(予想)
 ・オーストラリア  23     26     27 〜〜  30(予想)
 ・ブラジル     20     24     (不詳) 〜〜  30(予想)
 ・メキシコ     14     15     16 〜〜  20(予想)
  (日本      427    408    396 〜〜 320(予想)
  (世界全体  2007年度 173万件   2009年度200万件(予想))

 上記のとおり、日本を除くと2009年度に向かって出願件数が各国とも増加しているのが分かります。10年前の日本は世界全体の40%近くを占めていたのが、2009年度では15%程度となり、知財立国の凋落が見えてきます。そんなときに異常に弁理士を増加させる国家行政にも疑問を抱かざるを得ませんが、この原因は弁理士会の政治的圧力の弱さであり、弁理士会はこの圧力の弱さを緊急に是正しなければならないでしょう。

5.弁理士業務の限界

 ここ数年は弁理士試験に合格する出身大学の85%が理科系となっています。このことは何を意味しているかというと、弁理士は技術を有する者が資格を得ればいい、すなわち知的財産権のうちでも特許に重きが置かれていることが分かります。特許以外の知的財産権についても、もちろん業務として法的素養や一般常識がより必要な他の産業財産権、著作権、不正競争防止法、種苗法、関税法、半導体保護法、商号登記等、特許庁管轄外の業務も多くあります。しかし、知財訴訟、行政訴訟、その他弁護士業務と競合するような法的業務に重きを置く業務を国家は弁理士に期待していないようにも見えます。
 我々弁政連および弁理士会はこの事に強い危機感を持たなければなりません。何故なら、知財訴訟をはじめ知的財産権全般については弁理士の専業業務と捉え、ワンストンプサービスをするのが国民の期待であるからです。従って、そのことは理科系を優遇する現在の試験制度を改革し、法的素養と外国業務を処理できる人材を取り込まなければ世界の趨勢に乗り遅れることになります。

6.弁理士の外国業務

 上記の通り、世界全体では特許出願がここ数年増加しており、日本の減少ぶりが目につきます。このような特許出願の世界を見ると、日本の弁理士は日本国内の特許出願を扱い、その他の知的財産権に精通するだけでは、もはや国家国民にとって重要で良い資格職業とは言えない状況です。では我々弁理士は今後どのように活路を見いだせばよいのか、その答えはひとつ、前述の「(6)あらゆる知財の外国業務を積極的に弁理士業務に取り込む。」ことであり外国業務に強くなることです。
 従来多くの弁理士が行ってきたような、日本出願を外国に出願したり、外国から日本への出願を扱う業務を更に強化することが当面の急務として求められます。この場合において、主要各国の特許制度(条約加盟状況、審査制度・無審査制度、審査請求制度の有無、新規性・進歩性の扱い、公知の扱い、人間の治療方法等の不特許事由、秘密特許制度、出願から登録までの手続、特に拒絶理由を受けたときの法的対処方法等)は勿論、実用新案、意匠制度の有無を知っておくこと、および商標制度の運用状況を知っておくことが基本的に必要です。
 更に160を越える国の制度を横断し国際条約によって統一を図ろうとしている知財国際条約を知らなければなりません。例えば北朝鮮がパリ条約は勿論PCT条約にも加盟し特許の保護期間は15年である等のことについては余り知られていません。30年前ではパリ条約を勉強しておけば外国出願を処理出来たのですが、現在はPCT条約を始めとして20を越える知財の重要な国際条約があり、それらを理解しなければ責任ある外国業務を達成できません。
 また各国の料金体系を知らなければなりません。出願、年金を始めとした各種印紙代、弁理士の手数料、翻訳代等がどの様な料金になっているかを当然理解しておかなければなりません。そして究極の目的は能力を磨いて外国に事務所を設け、日本を経由しない国際出願業務に進出する事も期待されます。今後は国内の出願業務の増加が見込めない中で係る業務が増大する事は必定です。

7.弁理士試験の問題点

 如上のとおり今後の弁理士は外国業務を主たる業務にせざるを得ない状況にあります。その一方、弁理士の登竜門である弁理士試験はどうかと言うと、年々そのハードルが低く言い換えればイージィに合格できる方向にあります。大した勉強をしなくとも、特に国際条約なんか殆ど勉強しなくとも論文試験を突破できるように設定されています。これでは外国業務を主たる弁理士の業務と位置付けることはおこがましくてできません。
 弁理士が世界的に活躍できれば弁理士は日本国家のソフト資源として大いに期待され、国富の資格となることが考えられます。しかし今の弁理士試験では『外国業務をやらなくてもいい、縮小する日本の出願を扱っておけばよい』と言っているようなもので、とても国家を代表する資格業とは言えない方向に向かっているようで、日本の弁理士資格全体が世界では勿論、日本国内においても漂流し始めているのではないかと危惧します。

8.弁政連と弁理士会の責任

 このように特許出願の国際的動向、弁理士資格、弁理士業務、弁理士試験を全体的に俯瞰するとき、弁政連と特に弁理士会は何をして来たのか、行政のなされるがままに、手を拱いていたのではないかと思わざるを得ません。
 殆ど運動資金を持たされていない弁政連はともかくとして、20億を越す予算を持つ弁理士会が一体自分たちの将来を担保するためにどの様な会費の使用と活動をしてきたのか、大いに自己総括をしなければならないでしょう。
 今からでも遅くない、いや本年が最後かも知れないので、弁理士会は弁政連に1億円程度の活動資金を提供して、弁政連が弁理士数の増加に歯止めを掛ける諸活動をバックアップし、かつ弁理士試験のレベルを10年以前に戻す努力をしなければ、弁理士資格が国家内で漂流してしまう速度に加速度がつく危険性があります。民主党に政権が代わった今が行動を起こす唯一最後の機会ですので、弁政連・弁理士会あげて活動を開始されることを望みます。

 


この記事は弁政連フォーラム第204号(平成22年1月25日)に掲載したのものです。
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