PF-JPA


必要な標準料金制度
  

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日本弁理士政治連盟
副会長 杉 本 勝 徳



第1.はじめに
第2.小泉改革の残したもの
第3.無策な業界の行く末
第4.プラスチック成型品の業界
第5.タクシー業界
第6.弁理士業務の実態
第7.ユーザーの戸惑い
第8.日本弁理士会の対応
第9.弁政連の決意

 第1.はじめに
 弁理士会会員数は本年1万人に達しようとしているのに、一方で国内の特許出願件数はジリ貧状態だ。昨年の特許出願件数は344,598件(2001年は439,175件、いずれも特許庁統計による)で、本年度は更に減少していると思われる。10年前に較べて10万件近く激減しているのに、弁理士数はほぼ2倍になろうとしている。その結果、年間の弁理士1人当たりの出願件数は10年前の90件から昨年は30件強程度となり、すでに国家資格の職業としては成り立たず破綻寸前になろうとしている。
 この現状を手を拱いてただ茫然と見ているだけではどうしようもない。そこで弁政連の副会長として私は社会の現状を示し対策を提言する。

第2.小泉改革の残したもの
(1)規制緩和の失敗
 小泉政権ではあらゆる業種の規制緩和を実行した。その結果、私達弁理士業においても適正な人数と適正な試験を無視して改革を実行した。そして弁理士試験のハードルをどんどん低くして、弁理士数は業務のパイを無視して適正な人数の2倍になってしまっている。
 全ての業界には適正な規模というものがあるが、特に国家の繁栄と国民の福祉政策に欠かせない資格業は、専門性が高いだけに、誰でも参入させて全体のレベルを下げ、過当競争を煽ることは却って国家国民の損失になる。弁理士業においては国家の経済政策の重要な役割を担っているのであるから、粗製乱造するようなイメージで資格者数を激増させれば、国家の宝になるべき発明を潰してしまう結果を招く。
(2)例えば医師になりたい者は誰でもなれるように、国家試験のハードルをグンと下げればどうなるか、現状でも食うためには不必要な手術をして健康な臓器を切除してしまう医師がいるのに、これを医師数2〜3倍に増やせばどうなるか、結果は火を見るより明らかな怖い話になる。
(3)郵政改革の問題
 国民の誰も望んでいないのに、自らの思い込みだけで郵政事業を民営化して国民への利点は無いままに本人は政治家をやめた。この時の政治的顛末ほどお粗末で憲法上でも疑問の残る政治は見たことがない。衆議院では賛成多数で郵政法案は通過したが、参議院では否決された。そして有ろうことか衆議院を解散した。総理の解散権をそこまで認めることを前提に憲法は制定されていないと思われる。そして選挙になると郵政法案に反対したベテラン議員の選挙区に素人の候補者を多数立候補させ、国民をヒトラー的に熱狂させ、挙げ句の果てに衆議院は素人集団となった。郵便事業をグチャグチャにし国会を素人集団としたこの改革はその後も政治的混乱を引きずっている。

第3.無策な業界の行く末
(1)小泉改革は郵政事業を破壊したが、世の中には数えきれないほどの商品と業界が存在し、繁栄している業界とそうでない業界がある。例えば通信IT業界、製薬業界、自動車業界、外食産業、放送業界、電機業界、電力業界のような勝組業界があるかと思えば、小売業、樹脂成型業、造船業、製紙業、航空業、タクシー業、印刷業、建設業のように負け組業界もある。負け組業界は常に過当競争によって商品と業界の破壊が行われている。
(2)勝ち組と負け組業界がどのように生じるかと考察してみると、もちろん社会経済情勢の影響は不可抗力の場合があるが、企業や業界の自助努力に左右されることが多い。負け組業界は常に過当競争によって商品と業界の破壊が行われている。コンペティターの示した価格の下を潜って、更なる安価な価格を提供することが多い。一方、勝ち組業界は損までして下を潜って価格を下げることは余り行わず、優良製品や信頼されるサービスを提供している場合が多い。

第4.プラスチック成型品の業界
(1)金型と押し出し成型機さえがあれば、誰でも小資本で大した知識を必要とせず参入できるのがプラスチック成型業だ。知的財産権で武装されていなければ、他者の価格を下回って同じものを販売することができる。それを繰り返しているうちに、その挙げ句の果てにあるものは価格破壊で、遂には100均商品となり、そして誰も手を出さない商品破壊となる。例えば30年前に800円で販売されていた洗濯場用プラスチックブーツは、今日100均で売られており、中国以外では誰も手を出さない商品になってしまった。
(2)35年前に私の事務所で扱った商品に「ピクニックテーブル」と言うのがあった。持ち運びのときはスーツケースのようになり、使用するときはテーブルと4脚の椅子が一体になったかなり大きな4人掛けテーブルと椅子セットである。重量6キロ(内、樹脂部分4キロ、金属部分2キロ)。
 この商品は特許と意匠でがっちり知的財産権武装をしたが、とんだ顛末になった。商品の発明者は韓国の人であり、1セット45000円で日本へ輸出販売を始めた。この内1350円が知財の実施料として含まれている。しかし各ホームセンターでこの商品を目玉に扱うようになり、22500円になり、12500?8900円?5900円?3980円?遂には2980円となった。ワイシャツより安い価格破壊である。知財の実施料も次第に安くならざるを得ず、価格12500円時代(実施料500円)となったが、その価格で爆発的に売れた。そして遂には知財の実施料として1台につき400円まで落ち込んだが、商品価格が遂には2980円になってしまって、結局誰も手を出さない商品破壊となった。12500円で爆発的に売れたのに、損を覚悟で他人の価格を下回って下回って遂に価格破壊が商品破壊となった典型的なお粗末な例である。

第5.タクシー業界
(1)5年前に仙台へ行って駅前からタクシーに乗ろうとして仰天した。駅前広場全体が空車のタクシーで埋め尽くされている。バス乗場は確保されているがそれ以外は全部タクシー。後で分かったのだが、小泉改革で従来のタクシー台数制限は撤廃され、参入も自由となったため台数が一気に2倍以上になったとのこと。その結果、運転手の質は勿論のこと車自体のレベルも下がって古い車がタクシー車として使用されることになった。乗客も殆ど増えていない。当然、過当競争で運転も荒くなり、顧客は怖い思いをし会社も運転手も儲からない。三方悪しである。
(2)大阪のタクシーは「未来都」(以前の三菱タクシー、財閥の三菱に数億円でブランドを売って社名を変更したと言われている)の1社を除いてすべて5・5割引だ。メーターが5000円を超すと5割引に。例えばメーターで1万円の距離を乗ると5000円+5000×0.5=7500円となる。大阪にはタクシーメーターの料金が8種類もある。1キロ330円、2キロ500円(ワンコインタクシーと呼ぶ)、2キロ540円、2キロ580円、2キロ600円、2キロ640円、2キロ650円、2キロ660円とまあ選択肢の豊富なこと。それぞれが5000円を超えると半額になる。国交局(陸運局)の認可などどこふく風、国交局が一律料金にしようと指導を始めたら、料金一律反対、値上げ反対を唱えて訴訟まで提起する勇敢な会社まで現れた。
 よって東京でタクシーに乗るといかにも高い。この事を東京の運転手に話すと、東京がそうなったら私やったらタクシーおりるよ、と言われた。
 そもそも大阪がこのようなグチャグチャな料金になったのは、タクシー料金の規制が撤廃されて勝手な料金になったことと、タクシー乗客が頼んでもいないのに業界が勝手に5000円超5割引を編み出した。その結果乗客が増えたかというと殆ど増えていない。これに慌てた国交局が統一料金にして業界を救済しようとしているが、バカな業界は一向に指導を受ける気配がない。そしてタクシー運転手も会社もみんな儲からなくなって、大阪でのタクシー業界は今や崩壊寸前である。

第6.弁理士業務の実態
(1)近畿のある県庁で商標出願の入札があった。随意契約は個人と業者が勝手に料金を決めてしまい役所の問題になるから、と言うことで遂に我々弁理士業も仕事を確保するのに入札されることになった。商標17件の出願について、私の事務所は思い切って一件3万円で応札した。殆ど落札されることは間違いないと思っていたら、役所の知人から連絡が入り、残念ながら杉本さんとこは入札に負けたよ。一体全体落札者はなんぼで取ったんかいなと思ってくだんの知人に内緒で確認すると、な々々なんと1件1万円だとさ。こんな弁理士がいたらもう今後役所の仕事は全く取れない。
(2)余りの腹立たしさにインターネットを開いていたら、商標出願の着手金はな々々々々々なんとタダというのがあるではないか。これはもう資格者が決める料金?ではなく、街のバッタやもビックリな競争である。
 そういえば大阪では家電や機械の大企業には「〜社料金」というのがあって、8765の原則というのがあるらしい。5件で60万円、6件で70万円、7件で80万円、8件で90万円というらしい。まさかこれが本当とは思いたくないが、新規に登録した若い弁理士が受けていると噂されている。
 当然にして弁理士の智慧を結集した良い仕事をしている筈がない。

第7.ユーザーの戸惑い
(1)私の所にやって来たクライアント(リピーター)がこう言う。今回貰った先生とこの請求書は22万7千円(特許出願、審査請求料以外全部込み)もして高いけど、某弁理士が8万円で引き受けると言っているが、そちらに乗り換えたい、と言う。私はこう言った。我々弁理士の手数料は時間なんぼの仕事以外に、その発明と発明者に惚れ込んで、特許庁の審査官を何とか納得させたいと、一所懸命に仕事をしている。そして書くべき実施例は全部書き、必要な図面は全部描いている。8万円では人間の心理として実施例も図面も半分程度しか書きませんよ。こう言うと、暫く黙っていたクライアントが、分かった、先生とこ信用するからええ出願してや・・。
(2)このクライアントとは20年以上の付き合いで酒を飲み交わす親しい間柄であるが、私の出願が高いと言ったのは初めてだ。最近になってこの手のディスカウント料金が見境無く出回りだした証拠であるが、このクライアントが「そやけど安いに越したことはないで・・」と正直な気持ちを言いだした。いい仕事はして欲しいがこの不況、安いに越したことはないと言い出すクライアントの気持ちが分かるだけに辛い。

第8.日本弁理士会の対応
(1)以上のような例を上げて理解されると思われるが、結局何らかの秩序ある規制を掛けられないお粗末な業界は自ずと淘汰され、商品もサービスも業界自体が沈んで行く。テレビや自動車や化粧品を販売するのに価格規制する必要はない。安売りするからといって、テレビではICチップを3本抜いとく、自動車では安売りしたからワイパーを外しておく、化粧品では香料を入れない・・なんてことはできない。従って過当競争や安売りをしても、メーカーは損をするかもしれないが、ユーザーが得をするだけであって弊害はない。しかし安売りを繰り返していると業界自体は沈んで行く恐れがある。我々弁理士の業務も先に述べたように、商標1件1万円、特許8万円を繰り返していると業界全体がとんでもないことになる上に、まともな満足した仕事が出来る訳がない。出願着手金タダは論外であるが、商標1件1万円の手数料で調査し出願し拒絶理由に対応して意見書・補正書を作成し料金納付まで出来る訳がない。8万円で1週間以上掛けて明細書の作成をするなんて考えられない。
(2)商標出願着手金タダや出願手数料1件1万円、そして特許8万円と言う事実があっても日本弁理士会は料金規制したり本人を呼び出して注意したりはしていない。何故か。その理由は、自由競争であり本人の責任の中で行われていることであり、何よりも独禁法に抵触するから規制なんてできない・・ということらしい。でもちょっと待ったらっしゃい。では何のために月々2万円(以前は2万5千円)、年間24万円(30万円)もの年会費を支払っているのか、年間20億を越す会費を集めて何をしているのか。豪華なビルを借りて無駄な委員会や無意味な組織を創っているだけではないのか、とは言わないが、その20億を超える資金を集める根拠は、我々の業務を守り、会員が節度ある業務を遂行するのを援助し、国家国民の利益になる為の会員の指導連絡ではないのか。弁理士法はそのように規定されている筈である。
 一言で言えば、日本弁理士会は規制することによって生じる高いハードルを避けているだけではないのか。しかしその姿勢と対応が、今まで縷々述べてきたように、弁理士業界全体が衰退していくだけでなく、延いては発明者、各種産業界、国民すべてが国際競争に負けて被害者になるのである。
       
第9.弁政連の決意
 弁理士業務の価格を規制せず、会員の好き勝手にさせておくことがどれ程の悪影響があるかは、今まで述べて来たことで充分理解されるであろう。それを日本弁理士会が放置するのであれば、弁政連は弁理士業務の防衛と発明者の発明をしっかり確保し、経済の発展と国家の利益を図るために、業務価格の規制のための行動を起こすことを決意せざるを得ない。
 会員の先生方のご賛同があれば速やかに行動を起こす決意だ。
 
 


この記事は弁政連フォーラム第224号(平成23年10月25日)に掲載したのものです。
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