PF-JPA

弁理士の侵害訴訟代理権
に関する意見

 
Katsunori.Sugimoto   
日本弁理士政治連盟
副会長 杉本 勝徳
 

 
 
【弁理士の訴訟代理権の背景】
 (1) 4月18日に衆議院を通過して成立した新弁理士法には「弁理士法案に対する附帯決議」の6があり「司法制度改革審議会の動向等を参酌しつつ、引続き弁理士への知的財産権侵害訴訟代理権の付与を含む知的財産権訴訟のあり方等について広範な論議を進めること。」とあります。
 しかし残念ながら弁理士個々が実際に今、侵害訴訟代理権(以下訴訟代理権)の必要性をそれほど深刻に考えていません。それは現在の弁理士法に規定された業務で所謂「飯が食えている」というのもその理由ですが、理科系出身者の多い弁理士にとって、訴訟は苦手であり、訴訟代理権獲得の見返りに難解な民事訴訟法を膨大な時間をかけて履修させられたらかなわん、というのが本音だと思われます。
 弁理士ほどオールマイティな仕事を要求されている資格は他に類を見ないのであり、その業務範囲は自然科学から人文科学と法律的センスそしてそれらの外国の制度に至り複雑多岐に渡っています。従って、それぞれの得意の分野しか仕事をしない弁理士または特定の分野の仕事が出来ない弁理士の割合が高いのは不自然でも何でもありません。
(2)新弁理士法第6条(旧弁理士法9条の2)は昭和23年に制定された控訴審にあたる東京高裁審決取消訴訟の特別訴訟代理権です。審決取消訴訟という極めて特殊な訴訟といえども、弁護士以外に直接訴訟代理権を有する資格は殆どありません。
 しかしこの極めて高度な特別訴訟代理権を弁理士単独で行使している割合は査定系で7割程度、当事者系では3割程度と思われます。制度制定から50年以上経過しても尚この状態は何を示すかというと、制度と権利があってもそれを行使しない人はいつまでも行使しないし、一方でそれにやり甲斐を感じる人は自分で勉強して精一杯やります。即ち、特許や商標それに外国事件でも、実務として実際に取り扱う弁理士と扱わない弁理士がいくらでもいます。
 
【弁理士の訴訟代理権の必要性】
(1)特許侵害訴訟の現場で東京地裁と東京高裁それに大阪地裁を除けば、殆どの裁判所の裁判官が工業所有権訴訟に不慣れであり、また一部の弁護士を除いて殆どの弁護士も同訴訟に不慣れな代理人です。実際に裁判に携わっている裁判官も弁護士も、捌いている事案について不慣れであり、ひとり補佐人のみが専門家という異常事態が今日の特許等侵害訴訟の現場状況ではないでしょうか。
 そして訴訟期日を決めるのに裁判所、原告・被告双方の代理人、双方の補佐人の実に5者の日時が一致しないと決められないという状況です。更に訴訟の当事者である原告・被告は訴訟費用を代理人と補佐人の双方に負担しなければならず、中小零細業者にとっては余分な出費になっています。
(2)弁理士業務は特許庁に対する手続だけが業務と思いがちですが、真の弁理士業務は「生まれる発明・育てて護る弁理士」であり、弁理士は発明を特許にするまでと特許にした発明を侵害者から護ることの2つの重要な業務があります。権利の誕生から消滅まで総てに係わる一気通貫を果たしてこそ弁理士制度の存在価値があると言えます。社会もそこのところに注目して弁理士に訴訟代理権を与えようとしているのであり、社会の要請が高まっている今こそ、一挙に全弁理士が侵害訴訟代理権を獲得するように弁理士会は総力を挙げるべきであります。
 この信頼関係こそが弁理士に訴訟代理権を与える最大の根拠であるわけです。 数十年に渡って企業の特許のすべてに係わってきた弁理士は、依頼者からみれば主治医またはホームドクターと同じであり、自らの権利が侵されようとするとき、または自らの事業が侵害していると言われたとき、先ず主治医に相談をすることから始まるのであり、見ず知らずの弁護士に事件の解決を依頼することは少ないと思われます。信頼する弁理士に訴訟代理権がないから仕方なく弁理土の推薦する弁護士を代理人にしているにすぎず、弁護士にとってはその際の依頼者は事件にのみ関与する一見さんにすぎないのです。
 特許の依頼者にとって、主治医またはホームドクターがそのまま侵害訴訟代理人になってくれることほど有り難いことはないと思われます。
 
【訴訟代理権に対する弁理士会の対応】
(1)以上の事情から、全弁理士に訴訟代理権を与えることが当面の急務であることは明らかです。現在の4500名という弁理土の総数は10年後に7万人にするといわれる弁護士の16分の1程度にすぎず、依頼者にとっては全弁理士が訴訟代理権を持っても充分の人数とは言えないと思われます。
 社会が弁理士に訴訟代理権を与えようとしている背景は、侵害訴訟をできる特殊な少数弁理士を育てることではなく、前述のように依頼者から信頼されているすべての弁理士に訴訟代理権を与えて、現今の企業ニ一ズに直ちに応える法曹体制を作ることにあります。
(2)弁理士法改正特別委員会で出された試案について説明しますと、研修時間200時間程度で毎年200名〜500名の単独訴訟代理権を獲得しようとするものです。しかし何れも前述(1)の趣旨を満たすものではありません。最大でも500名の弁理士に膨大な費用と時間を集中的にかけて訴訟弁理士として誕生させていたのでは、現在の4500名ですら訴訟代理人にするのに9年もかかり、社会が弁理士に訴訟代理権を与えて知的財産権全般の任務を与えようとしている期待に全く応えることができません。
(3)上記により、弁理士会としては一挙に現在の全弁理士に訴訟代理権が付与されることを目的として対外活動をするのが本筋であると思われます。
 しかしこの場合には弁理士が訴訟代理人となる知識と信頼性をどのように担保するかの問題が解決されません。
 そこで次の杉本案を提案致します。
 
1.資格取得研修と実務実行研修の2段階研修制度
 
資格取得研修
 @早期に、希望する全弁理士が代理人資格を取得できるように、毎年1400名を限度に民事訴訟法その他の訴訟に必要な座学と実務研修を行い、3年間で現在の弁理士全員に訴訟代理人資格を与えます。
 A研修は法律の全体的な研修とし、東京、大阪、名古屋の3か所で行い、総研修時間は30時間程度とし、座学20時間、実務10時間程度とします。
 B上記研修を履修した者は弁護士と共同で訴訟代理をすることができます。
 C本研修は訴訟代理人になることを望まない弁理士に強制しません。
 D1400人という数字は希望しない弁理士を除いて略現在の3分の1になると思われますので、登録番号の古い方から優先的に3分の1づつを毎年弁理士研修所で研修します。
 
実務実行研修
 @弁理士単独での訴訟代理権を得るために、訴訟代理人として直接必要な知識や実務研修を60時間程度、別途に設けた訴訟代理人用の実務実行研修を、上記研修を履修した者に限り第三者機関の研修所で研修を受けることができます。
 A本研修を履修して能力を担保された弁理士は単独で訴訟代理人になれます。
 
2.2段階研修の特長
 
 @研修を2段階に分けることの意義は、言うまでもなく社会的要請が高まっている今、全弁理士に訴訟代理権を一刻も早く取得させることが目的です。
 A直ちに単独で訴訟代理を実行したい弁理士は全体の数%に過ぎないと思われますから、その弁理士には更に専門的な研修を義務づけることで、訴訟代理人としての弁理士の対外的信頼を失わないことになります。
 Bこの実務実行研修に参加する弁理士は年間でせいぜい200人程度かと思われますが、それ以上のときは200人を限度として登録番号の古い者から優先的に受講できるように配慮する事にします。
 C資格取得研修も実務実行研修も一定以上の訴訟経験のある弁理士は研修免除あるいは軽減を考慮すべきであると思われます。
 D2段階研修とその効果に相違を持たすことにより、各弁理士の業務内容によって単独訴訟代理権を希望する弁理士と希望しない弁理士(共同訴訟代理、民事訴訟法56条に規定された個別代理の原則を適用)とが負担に応じて区別することができます。
 E2段階研修を設けた杉本案によっても、弁理士会が要する研修の費用と成果は委員会試案と変わらず、しかも弁理士会の負担を小さくして当面の急務である全弁理士が訴訟代理権を獲得することができます。
 F杉本案では研修時間が短いように思えますが、50年前に6条(旧弁理士法9条の2)の審決取消訴訟の代理権を制定したときは研修をしていない筈ですから、合計90時間程度の研修は慣れない侵害訴訟といえども充分な時間であると思われます。尚、実務実行研修は代理人になる弁理士がその任務を遂行するために必要な知識を得るための研修であり、座学よりも実務が中心になります。
 G研修時間の長短と座学・実務の配分は尚検討の余地がありますが、何れにしても、代理権獲得のための研修と代理人実行の研修の2段階研修にすることにより、全弁理士が代理権を獲得する悲願達成が極めて早く実現し、現在の社会のニーズにも合致いたします。  

この記事は弁政連フォーラム第93号(平成12年8月25日)に加筆修正したものです。

Copyright © 2000 Political Federation of JPA, All rights reserved.
日本弁理士政治連盟 〒100-0013 東京都千代田区霞が関3-4-2,弁理士会館内
E-mail: info@benseiren.gr.jp
Tel: 03-3581-1917 Fax: 03-3581-1890
更新日: